自己紹介


はじめまして。近藤紀文と申します。
当ブログにご訪問頂き、ありがとうございます。

このブログでは演奏会(ライブやコンサート)参加の履歴や
日常生活で思ったことについて、様々な視点で書いていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。


2020年2月28日金曜日

国歌は国家なり

 以下は中国(中華人民共和国)国歌である。
ただし、原曲は簡体字で書かれてあるが、日本語漢字に翻案してある。

『起来!不願做奴隷的人們!
 把我們的血肉、築成我們新的長城!
 中華民族到了最危険的時候、
 毎個人被迫着発出最後的吼声。
 起来!起来!起来!
 我們万衆一心、
 冒着敵陣的炮火、前身!
 冒着敵人的炮火、前進!
 前進!前進!進!』


この3行目をご覧いただきたい。
抜き出して分かり易いように分かち書きすると、
「中華民族 到了 最危険的時候、」
原語では、
「チュウカミンズ タオラ ツイウェイシャンダシホウ」
と歌われるが、これはもう、今の中国そのものではないか!!!

 2020年2月24日(月)四国新聞2面
リード
「習氏『建国以来で最も困難な事件』」
本文
「・・・習近平国家主席は23日に開いた会議で
「建国以来、最も困難な公衆衛生の事件だ」
との見解を示し、対応を強化するよう指示した。・・・」

国歌の後追いで国家が動いている。
 ついでに言うなら、その上の2行目、
「把我們的血肉、築成我們新的長城!」
も、今の世相からするとギョッとさせられる。


「把」は日本語には無い漢字で、「~しようではないか!」くらいの意味だ。
日本語に訳せば、
「我らの血肉で、我らの新たな長城を築こうではないか!」

これは、万里の長城築城の際、酷使に倒れた労働者や人柱にされた人々が、
あたかも土木資材の如く長城の内部に埋められた

という史実を思い出させられる内容だが、
今のご時世、新型肺炎に倒れて亡くなった多くの患者の遺体は

どうしているんだろうと思わず勘ぐってしまう。

「国歌は国家なり」という新たな格言ができそうだ。

 では、我らが日本国の国歌はどうか。
『千代に八千代に、
さざれ石の(地殻変動で地中で押し固められて)巌となりて、
(それが地表に出てきて風化されて)苔のむすまで』
と、
短くも長々しい意味を含んだ歌詞だ。

地学・地球物理学的にも合っていて、実に科学的な含蓄が有る。
これだけネバく、しぶとく日本国家は存続し続けるというのなら、
そこに生きる我々としては、
新型肺炎に打ち勝って、

悠久の時を刻むことができるであろうというおまじないの文句として、
今こそ国民一丸となって歌おうではないか
。



   

2020年2月22日土曜日

芸術情報研究所の課外活動

芸術情報研究所・近藤です。
明日23日13:30
県民ホール小ホール集合現地実験の最終留意
事項です。

1 駐車場
ホール北側の県営駐車場は料金が高い上に、
早めに行かないと混み合います。(区画数は十分に有りますが。)
ホール東側に何箇所か500円で一日置き放題のチケットパークが有ります。
早めに行って、こちらを狙う方がお得です。

2 演奏時間
前半のドボルザーク・チェロ協奏曲は約40分、
後半のブルックナー交響曲4番は皆様ご存知のとおり1時間超です。
そこで、
 ① 前半、後半ともに中途退場はできません。
必ず、トイレには行っておいて下さい。
 ② どちらの曲も楽章の間の切れ目がありますが、
このときは曲は終わっていないので拍手はしないのが原則です。
で、このときにぜひお願いしたいのは
  Ⅰ せきをするならこのときに
  Ⅱ のどあめを口に入れるならこのときに

3 咳の問題
これは必ずと言っていいほど年配女性なんですが、咳が出そうになると曲の途中
でもかまわずビニールのガサガサ音を立ててのど飴を口に入れる人がいます。
この音は、マイク・PAを使わないナマ演奏が原則のクラシックでは
本人が思っているよりも相当に周囲にはうるさいです。まさに迷惑行為です。

それよりは、遠慮がちにでもせきをする方がましです。
現に、クラシックのライブ録音では曲の途中に咳が入っているのはいくらでもあります。気にすることはありません。

また、クラシックのコンサートが初めての人は、ハンで押したように、
咳がうるさく聞こえたと言いますが、自然現象と思って慣れればこれは
何ともありません。それよりも楽章の間の拍手とか、のど飴のガサガサ音、
最悪(と言うより、あってはならないことの最たるものですが)幼児の叫び声のほうが
はるかにうるさいです。
これがマイク・PAを使うポピュラー曲との大きな違いでもあります。

4 居眠りは問題なしですが、いびきはご勘弁を、です。
私でもこれは自分自身が結構こわい。自分では分かりませんから。
もしいびきをかき出したら、起こして下さい。

次に実験としてこれに注意して視聴し欲しいという点を列挙しておきます。
詳細は明日会場で申し上げます。

5 コントラバス(ウッドベース)の音
コントラバスを数本並べるオーケストラのナマの低音は、
わが自慢のシステムでも再生し難いものがあります。

6 第一ヴァイオリンが優劣を分ける。
ボウイング(弓使い)の統一性、有って欲しくないことですが
チューニングが揃っていないときのネコの叫びを聴くような不快感。
視覚的にも影響が大きいパートです。

7 ティンパニの音
これは、奏法、音質によっては曲のイメージが、がらりと変わります。


留意事項
曲が(完全に、指揮者が腕を下ろして以降)終わって高揚したときに出す
ブラボーのことを知っておいて下さい。
ブラボーはもともとイタリア語で「ブラーボ」と発音するのが正解ですが、
フランス人は「ブラボー」と発音するのを何度か経験しました。

これはどちらが正解とも言えないのですが、共通する留意点として、
男性単独に向ける場合は、「ブラーボ」
女性単独に向ける場合は、「ブラーバ」
これは、マリオとマリアの違いと思えば覚えやすいです。

複数の場合がややこしい。
男性が1人でもいる場合の複数に向けては「ブラービ」
女性ばかりの複数に向けては「ブラーベ」

で、今回の前半ドボルザークのチェロ協奏曲の場合
チェロのソリスト宮田大に対してする場合は「ブラーボ」
指揮者は女性ですから「ブラーバ」
オーケストラ又は出演者全員に対して出す場合は「ブラービ」となります。

通がこれをどう使い分けて出すかは結構面白い見ものですね。

さらに最上級のワザとして、
アンコールを求める場合
「アンコール」と叫ぶよりも
「ビス ビス(bis bis)」
と叫ぶのが王道らしいです。

これはフランス語の辞書にも載っていました。
前半のチェロのソリスト宮田大は、これに応えて興が乗れば1曲くらいはアンコール
をやる可能性大です。これをやらせるのも通のワザでしょうね。

以上、お読みいただきありがとうございました。
当日も、チケット配布時又は着席後口頭で留意事項は申し上げます。

2019年8月21日水曜日

恨五百年(ハノベニョン)

「恨五百年」は韓国の民謡で、
歌詞は、去っていった恋人を恨む恋歌的様相を帯びた歌詞だが、
さて、ここでこの題の「恨五百年」の意味を地勢学的に分析することから始めよう。

「恨五百年」はハングル訳で切り読みすると
恨(ハン)五(オ)百(ペク)年(ニョン)。

これをハングル特有の連音化
(悪名高きフランス語のリエゾンと同じで、元の単語が全く分からなくなる。)により、
恨で切ってハン オべニョンと読んだり、
まるまる連音化してハノベニョンと読んだりするが、
意味は読んで字のごとく「恨み五百年」だ。

問題はこの「五百年」。
何で500年なのか。

(約500年続いた)李氏朝鮮に滅ぼされた高麗臣民の恨み節とか、
もっと深読みして眼光紙背に徹するなら、
悪く言えば、何でも日本への恨みにしたがる朝鮮半島の性癖を斟酌すれば、
1592年文禄の役、1596年慶長の役による豊臣秀吉への恨み、
ひいては日本人への恨みは500年続くと裏読みする人もいる。

「韓国」をハングル読みするとハングクだが、
韓国人はハンを読み替えて「恨国」と言ってはばからない。
韓国人民の国民性の行き着くところは、
恨み根性の国なのだ。

無理もないとは思う。

朝鮮半島の歴史は、北というか、
上からは中国漢族・満州族の重さに押しつぶされ、
南すなわち下からは、
すきあらば大陸に足場を作りたい日本が刃を突き上げて来る。

任那の日本府から始まって和寇、
秀吉の朝鮮出兵、そして近代日本の韓国併合。
恨み心を抱かない方がおかしいとすら言える。


朝鮮半島は上下の圧力に潰され続けたことの歴史だが、
それでは左右の圧力に潰されてても潰されても
しぶとく生き残った東欧はどうだろう。

すき有らば左の頬はドイツ・オーストリアに張り飛ばされ、
反す勢いで右頬はロシアや旧ソ連に張り飛ばされたポーランドの歴史など、
目も当てられない。

それでも、陸続きであるがゆえに、
ときの権力者の圧力に迎合していないと、民族の存続すら危うい。

「恨み」はあれども、それを表に出しては生きて行けない。
ときの権力者との融和によって
かろうじて民族として生き延びた国家は東欧に多数存在する。


それに比べると、韓国の恨みの表出の仕方は執拗だ。

 (もっとも、東欧になると、ウクライナやバルカン諸国のように、
「恨み」を飛び越えて、いきなり紛争・戦争に突入した、
ある意味短絡的な国家も有るから、それよりはマシかもしれないが、)

日本を含む世界のあちこちに慰安婦像を置き、
訴訟を起こして日本の古傷を掘り起こし、
賠償金をせしめようとする。

この問題については
改めて国際法・国内法的観点から論理的に考察する場を設けるとして、

ここでその精神の分析のために登場ねがうのは、
中国と韓国に共通する挨拶、
「ご飯食べましたか?」だ。

中国で「チーファンラマ?」、
韓国で「パンモゴッソヨ?」がそれだ。

ファン及びパンは漢字で書くと「飯」、
「食べ」に相当するのが「(中)チー」「(韓)モゴ」、
「ました」は「(中)ラ」「(韓)ッソ」、
 「~か?」は「(中)マ?」「(韓)ヨ?」となる。
 
韓国など、親しい人への挨拶の場合はもっと執拗で、
「そうか。食べたか。で、何食った?」
「そうか、それは良かったな!」まで挨拶として言うらしいから、
「武士は食わねど高楊枝」的精神の残る日本ではまず考えられない。

あり得るシチュエーションとしては、
たまたま昼食時に知り合いに出会ったときに、
「もうメシ食ったのか?」
「まだか。それじゃあ、どこかで一緒にどうだい?」的には使うかもしれないが、
 時と場所を選ばず
「ご飯食べましたか?」など、到底考えられない。



余談ではあるが、これは時と場合によっては、
文化摩擦をおこすことがある。

筆者が初めて海外に出た1978年8月のパリ。

腹をへらせて行列のできる下町のレストランに並んでいたとき、
店内にいた、
(今考えれば、目じりのつり上がったあれは
典型的漢民族の華僑ではなかったかと思うのだが、)

恰幅のいいスーツを着た
食事中のはげたオヤジが、
たどたどしい日本語で「ゴハン、タベマシタカ」と私に向かって叫んだのだ。


これは、「チーファンラマ?」を単純に日本語に約したもので、
本人は軽い挨拶のつもりで言ったのであろうが、
当時の私には知る由もない。

こちらとしたら、

「食べてないからこうして腹を空かせて並んでいるんじゃねえかよ。
バカにしやがって!」
と内心沸々と不快感が涌いてきた。


適当に笑顔で答えはしたが、この状況での「ゴハン、タベマシタカ」が
まともな挨拶と分かったのは1989年、
北京に語学留学に行っていたかつての仕事仲間が、
あちらでは、ほんの挨拶として
「チーファンラマ?」を使うと教えてくれたときで、
実に10年が過ぎていた。


中国や朝鮮半島の歴史をひも解くと、
戦乱に次ぐ戦乱や天候不順による飢饉が頻発し、
人民が食うや食わずの難民状態になったことが頻繁にあったらしい。

韓国など、農地を奪われて山に入り、
焼畑農業でかろうじて生き延びた
「火田民(かでんみん)」もいたというから、
まさに食うや食わずは当り前。

ご飯を食べられたら万々歳で、
「ご飯食べましたか?」というより
「ご飯何とか食べられてますか?」
 と言う方が正しいのでは、と思うくらいだ。


こんな状態だから、
毎日が「恨み」の日々であったことは想像に難くない。

さらに、人がいい目をしていると、
ねたみの心もわいてくる。

実際、韓国の「恨(ハン)」には
妬みの意味も込められているということは定説だ。


韓国や中国の製品には手抜き製品が多いことは、
最近では子どもでも知っている。

かつて韓国で高度成長が始まった時期、
インフラ整備を進めたのはいいが、
手抜き工事が横行し、
その果ては、河川にかかる巨大な橋が崩れ落ちて、
多数の犠牲者が出るという惨事も起きた。


ところが、日本が統治時代に(韓国人を徴用したかどうかは別として、)
建設したインフラは一向に壊れない。

日本なら、こんな事態ともなれば発奮し、
負けず劣らずいいものを作ると意気込むであろうが、
韓国では当時、自分たちのやったことは棚に上げて、
日本人の作った、
いつまでも壊れないインフラがねたみの元になったというから、
もはや救いようが無い。

その挙句、戦後も壊れずに
韓国政府に使われていた日本統治時代の朝鮮総督府の建物が、
ねたみの槍玉の象徴にされ、爆破・撤去されたのだから、
ベクトルの向きがおかしいとしか言いようがない。
 
このおかしなベクトルが、
慰安婦像問題や関税問題を巻き込み、
韓国の外交や経済を狂わせようとしている。






2019年6月9日日曜日

4月以降、信じられないことが起こり続けている私自身の体のこと についてお伝えしておきます。  

足の方は、3月20日左太ももの皮膚を全身麻酔で左足踵患部に移植。

3月25日にはギプスをはずし、
メッシュ状に移植した皮膚の癒着を確認。

3月末には退院と相成ったのですが、
4月中旬には再発が確認され、移植した皮膚はどこへやら行ってしまい、
以前と同じ状態に。

5月10日の連休明けには、ついに主治医が

「やることは全てやった。
今の医学では手の打ちようがない状況だ。」

と、ギブアップ宣言。


医大病院(の地域連携受付)や
博士号を持った医師が2人いるという市内の皮膚科に
セカンドオピニオンを求めたのですが、
両方とも、日赤でそこまでやっているなら答えは同じ、という状況でした。  


こちらもこれは覚悟していたことで
「それでは、鎮痛剤の経口投与のみにして、
抗生物質は絶ってしまい、自己免疫のみでどうなるか試してみたい」
と主治医に言うと、

主治医も同意し、以後は鎮痛剤と、
漢方薬局に相談して飲用を勧められた
「白花蛇舌草」という漢方薬でしのいでいます。  





6月4日には済生会病院で恒例の人間ドックに入ったのですが、
強烈なショックを受けたのが次の2点。


 1.左目の白内障がどうしようもなく悪化し、
視力検査器具では左は真っ白にしか見えませんでした。

想定内とは言え、かなりショックでした。

健診医の女医に、
「白内障手術を優先すべきでは。
足の再感染を恐れて手術を先延ばしにしていたら、
ますます白内障が悪化するのでは?」
と問うと、

所詮は内科医。
「主治医に相談してくれ」で終わり。

ただ、
「菌が全身に回らなくて本当に良かったですねえ」
と看護師と二人して
「良かった、良かった。」
を連発するのには往生しました。



2.昨年までコレステロール、GPT、GOT、血糖等
血液検査の数値が年々悪化し、
昨年は数値欄が警告だらけの真っ赤だったのが、
今年は全部数値が下がり、ほとんど安全圏の状態に。

これも、「良かった、良かった」を通り越して
「すごい!」とまで言われたのには閉口しました。

足の痛みと
白内障のことを考えたら、
何が「すごい」どころか全て相殺して余りある悲惨さです。  

踵の痛さの関係で、
夜遊び、飲食店のハシゴ、遠出等は控え、
極力早く家に帰って休むことが多かったので、
運動不足で数値が増々悪化することを危惧していたのですが、
全くの逆になったことに唖然。

確かに、過食する機会は減ったし、
歩くこと自体に通常以上の負荷がかかっているし、
体が細菌と日々戦うのにそれなりのエネルギーを消費しているのでは、
と思わされるときもあります。





とにかく、左目と左踵の二重苦にさいなまれつつも、
芸術情報研究所サイトの今年の抱負に描いた目標を達成するため、
動いています。

2019年2月1日金曜日

年頭の挨拶に代えて ~オーディオの歴史をひもといた中での平面再生の立ち位置

年頭の挨拶というには遅すぎの感がありますが、
新年に入って現在までの芸術情報研究所の
特にオーディオに関する研究成果と今後の方向性について
堀尾研究員の奨揚もあり、オーディオの歴史をひも解きつつ、
じっくりと考察してみました。  


世間に出るや否や、捉えられることもなくその場で消えていく「音」
というバケモノを初めて再生可能にした、

要するに人間が手に持てるモノの形に変えたのが、
1877年にエジソンが発明したフォノグラムです。

もちろんモノラル録音でしたが、次に人間が欲を出したのは
現実の世界で起こる音の左右の広がりを再現すること。

すなわち、ステレオフォニックへの欲求です。  


















フランスでオペラの舞台上の音を左右2方向からマイクで拾い
それを離れた場所まで2本の独立した回線で送り
左で拾った音は左の耳に、右で拾った音は右の耳に、
という具合に電話でステレオ実況ナマ中継をしたのが1881年。

この流れを汲んでFM放送が開始されるよりずっと前、
NHKのAMラジオでは第1総合放送で左、第2教育放送で右を流し、
2台のラジオでステレオ感を味わう放送をしていたといいます。

さすがに筆者はこの時代は知りませんが、
これを録音するというレベルに達したのは意外に早く、1930年代。

その録音方法というのが
レコードの溝の左右に左右の音を別々にカッティングするという、
まさに現在も使われている手法です。

実はこの左右2チャンネル音の再生というオーディオの王道の途中、
1970年代に4チャンネルというあだ花が咲いたことがありました。

要するに視聴者の前に2本スピーカーを置いて前方左右再生、
後にも2本スピーカーを置いて後方左右再生という方式で、
当時の4チャンネルの宣伝文句が
「あなたは、オーケストラの中にいるような感覚を味わえる。」

今考えれば非現実的音響再生の最たるものですが
我が家も時代の波に乗って、
1974年にはテクニクスから出たモジュラー型の
4チャンネルステレオを買いました。

この4チャンネル、今考えると、大きく二つの方式に分けられました。

ひとつは日本ビクター開発のCD-4を代表とした
ディスクリート4チャンネル方式。

前方左右、後方左右で録音し
前方左右2チャンネルのそれぞれの可聴音域の上に、
30キロヘルツ超くらいの人間が聞こえない周波数帯で
FM変調した後方左右の音を乗せてカッティングし、

再生時は、前方左右可聴音域通常再生プラスFM変調していた
後方左右の音を可聴音域に変換して、
視聴者後方左右のスピーカーで再生するという、
なかなか高度なワザです。
 



もうひとつが、CBS・ソニーが旗揚げのSQマトリクス方式とか、
RM(レギュラーマトリクス)とかのマトリクス方式4チャンネル。

4チャンネルで録音したソースをカッティングの段階で2チャネルに直し、
再生段階で4チャンネルに直すという、
筆者には今でもよく理解できない方式なのですが、
CD-4と比べると後方分離は悪かったのは記憶にあります。

この4チャンネル方式が細々と生き残って現在に至っているのが
5.1とか7.1とかのサラウンド方式と筆者は理解しています。

いずれの方式にせよ、この方式には人間の生理から考えると
決定的な欠陥が有ります。

すなわち、人間は後方からの音に極端に
恐怖又はそれに起因した疲れを感じることです。

無理もありません。

人間の目は前しか向いていませんから
後方からの危険の来襲に関しては、まず音で感じて
あわてて首を回して目で危険を確認する、
というプロセスがあります。

基本的には、人間の聴覚では
後方からの音はまず危険な音と推定する、
という本能がDNAに組み込まれて
現在に至っていると筆者は考えています。

結果として、後方からの音は精神的に疲れるのです。




結局、4チャンネルは聴くと短時間で疲れと飽きがくることを
筆者は10代で悟り、原点に帰って2チャンネルで聞いていました。

映画館でサラウンド方式採用の映画を見ると
後方からギイィーという扉が開く音がしたり、
ジェット機の音や弾丸の音が後から前に飛んだりすると
かなりギクッとします。

1回や2回ならスリリングでいいですが
それ以上やられると視聴者はかなり神経をすり減らし、
最後はヘトヘトに疲れます。

こんなのでは、商業ベースには乗りません。
しかしながらです。オーケストラの前と後で分けて録音したCD-4の発想で、
それをそのまま前後とも視聴者の前方に持って行って再生したら、
より舞台上のオーケストラの音に近づくのではないでしょうか。

我が家にあったテクニクスの4チャンネルステレオでは、
4チャンネルバランサーの名のもと、球の上に軸を付け、
これを前後左右に動かすことで
前後左右のスピーカーの音量を自由に調節できる機能が、
アンプのフロントパネルに付いていました。
いい発想じゃないですか。

70年代の4チャンネルは
視聴者がオーケストラの真ん中にいる感覚を楽しむ、
など、ナンセンス極まりない発想で売り出しましたが
システムを全部前に持って行って平面再生化、
あるときは後方のパーカッションを強調し
あるときは前方のヴァイオリンを強調する。

これをバランサーの軸1本でできれば結構面白い。
平面再生でのポイントはこのへんにあります。




左右のバランスは、
アンプのフロント面にある左右バランスつまみで自由に変えられますが、
現在筆者がやっている前後別々のアンプによる
前後の音のバランス調整というのは非常に煩雑です。

アンプの違い、スピーカーの違いにより
好みの音響空間を構築するために
前後それぞれのアンプのボリュームツマミを動かして
最適音量にするにはかなりの熟練がいります。

もっといいポジションがあるのではないかと、
相当に試行錯誤します。

これが楽にできないか。
このへんが今年のひとつの焦点になりそうです。

2018年11月29日木曜日

鑑賞履歴

最近、足を運んだ公演を備忘も兼ねて表にしました。

拡大は Ctrl + 『 + 』 を押してください。
拡大をやめるときは Ctrl + 『 0(数字のゼロ) 』 を押してください。




2018年10月21日日曜日

2018年11月の実験協力者募集

現在、芸術情報研究所では
実験に参加してくださる方を募集しております。
詳しくは下記をお読みいただけると幸いです。

▼実験の様子



【 募集の目的 】
『スピーカ配置の違いが音楽聴取者の心地よさにどのような影響を及ぼすのか』を
実験的に検証する目的で、以下の実験にご協力していただける方を募集しております。

【 実験名 】
音楽鑑賞時の脳波計測実験

※現在の使用楽曲はワーグナー / タンホイザー序曲です。
※基本、同じ楽曲で1回だけの実験です。
ただし、継続して実験をお願いする場合もございます。

【 募集人数 】
毎回1名

【 実験日時 】 

2018年
・11月7日(水) 18時~20時/定員につき受付終了

・11月13日(火) 18時~20時/募集締切:11月11日(日)
・11月14日(水) 18時~20時/定員につき受付終了

・11月20日(火) 18時~20時/募集締切:11月18日(日)
・11月21日(水) 18時~20時/募集締切:11月19日(月)

・11月27日(火) 18時~20時/募集締切:11月25日(日)
・11月28日(水) 18時~20時/募集締切:11月26日(月)


【 実験場所 】
芸術情報研究所内 実験室
住所:香川県高松市 牟礼町原1968
最寄り駅:琴電原駅より 徒歩30分
地図: https://goo.gl/doHwcf

【 参加条件 】
どなたでも

【 応募方法 】

下記の実験予約のページからご応募ください。
https://coubic.com/kondows-lab/329456

【 謝礼 】
2,000円(交通費込み)=時給1,000円x2時間
※ 延長のときは
別途謝礼をお渡ししております。

【 個人情報の取り扱いについて 】
提出いただいた個人情報は、
実験日の予約管理・謝礼管理・実験データ管理でのみ、利用させて頂きます。

また,実験データは参加者個人の名前がわからないように解析し、
その後も機密文書として保管します。

ご自身の実験データをご覧になりたい方は、のちほどお送り致します 。

2018年7月7日土曜日

おおいに使おう役人用語、又は穴吹エンタープライズ用語

連中は、文言を「訂正」するのを「変更」と言うらしい。

本日、平成30年7月7日(土)、香川県の文化程度を疑う事件が起きた。
15時から県民ホール小ホールで開催された台湾の
桃園市立武陵高級中学管弦楽団香川公演。

主催:香川県
事業実施者:穴吹エンタープライズ㈱

公演前にバラ撒かれたチラシでは、
「ラフマニノフ作曲|ピアノ協奏曲第3番(ママ)」と書かれており、
香川のド田舎ではラフマニノフのPコンは2番ばかりで辟易していたところ、
さすが台湾の名門校。
日本で言えば高校生の分際で3番とな!大曲も大曲。

これは聴き逃せんと、「入場無料」という恩恵を活用して行ったのはいいが、
何と、2曲目に舞台から流れ出てきたのは
セルゲイ・ラフマニノフ 作曲ピアノ協奏曲第3番でなく
セルゲイ・プロコフィエフ作曲ピアノ協奏曲第3番!!!(唖然???)

あわてて当日配布のプログラムを見ると、
「ピアノ協奏曲第3番ハ長調作品36/セルゲイ・プロコフィエフ(ママ)」
と書いて、その下に申し訳程度に小さい字で
「(※ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番から変更)(ママ)」

これもまた大曲、ピアノのソリストも必要だし、
「変更」などあるはずがない。

相当早くから決まっていたのは間違いないとして、
台湾側の発信が間違っていたのか、
受信側の主催:香川県、
又は事業実施者:穴吹エンタープライズ㈱が間違っていたのか。

会場にいた他のマニア情報から確認したら、
5日木曜の四国新聞ではプロコフィエフ表示していたが、
いずれにしても、
一見明白に間違った表記を直すのは「訂正」であって、「変更」ではない。

チラシ一枚に導かれて会場に来た聴衆の驚きやいかんせん。

筆者、ピアニストの陳毓襄(チェン ユーシィァン)が演奏した
アンコール曲、アストル・ピアソラのリベルタンゴを
掲示板に書いていた館長の米田優(一応、この人、国立音大出やでえ。)に、

「そんなん書くんやったら、たとえ当日プログラムで訂正しているとは言え、
早くから配布していたチラシの「ラフマニノ」は「プロコフィエフ」の誤りでした。
ラフマニノフのPコン3番を期待してお運びいただいたお客様には
謹んでお詫び申し上げます、
 
と、

「事業実施者」としてちゃんと詫びを入れんかい、
このボケが!プロモーターとして恥ずかしないんか!」

と全聴衆を代表して、諌めの一喝を入れた。














筆者、これから役所や穴吹興産グループに出す文書で
「訂正せよ」と言われたら、それはおかしい。
おたくらの世界では間違いを「訂正」するという行為は
存在しなかったんでないんですか?
おたくらの用語では、それは「変更」というんではないんですか、
と、チラシとプログラムを持って行ってゴネてやろっと。

2018年6月30日土曜日

「ブスは三日で慣れ、美人は三日で飽きる」の真実

家庭を持って人並みの生活を半世紀もすれば、
思わずうならされるような箴言に出会って驚愕することがある。

驚愕にまで至らなくとも、年ふるごとに、誰が言い出したか、
よくぞまあこれほどの真実を、と感心するたとえのひとつが
「ブスは三日で慣れる、美人は三日で飽きる」だ。


この言葉を最初に知ったのは、
まさに思春期というよりも発情期という方が正しい年代で、
「美人は三日で飽きる」なんて、そんなもったいない!(?)。
最低限、相手が婆さんになって美人と言えなくなるまでは「飽きる」など
有り得ない!!!・・・
と、甘い、というより狂乱に近い幻想を抱いていたのだ

が・・・。現実は厳しい。
このことについては、純粋動物学的には、メダカを使って、
(メダカにブスと美人の差があるのかどうかは知らないが、)
雌雄が「三日で慣れる」ことが真実であることの実験材料にされ、
それが生殖行動までに及ぶことの実証はされている。



生殖期に入ったオスとメスのメダカを水槽に入れ、
左右に分け、真ん中にガラス板を入れて、
互いの姿は見えるが一緒に行動が取れない環境に置く。

三日だったかどうだったか、
とにかく数日経って、仕切りに入れたガラス板を取り除くと、
途端に双方生殖行動を開始したという。

ところが、仕切りのガラス板の左右にそれまで面識(?)のない
雌雄の生殖期のメダカを入れて仕切りガラス板を取り除いても、
互いにそっぽを向くか、オスが追い掛け回してもメスが逃げ回るか、
いずれにせよ、即時の生殖行動には移らないことが確認されている。

動物学者は、生殖よりもまず身の安全。
訳の分からない相手とは安易に接触しないという理論の根拠としたらしいが、
人間とても当たらずとも遠からずであろう。


まずは「ブスは三日で慣れる」から行こう。

筆者、誰が見てもこの人は一見してブスと思うだろう、
という人を見たことはあるが、
幸い(?)職場ではそれほどの不美人には恵まれず(?)、
異動で辞令をもって挨拶をしにきたときに、

あくまでも筆者の主観ではあるが、
初見では少なくとも美人の範疇には入らないなと思った人はいた。
(要するに、気に留めなかったということなのだが。)

ただ、わが職場の場合、一応、まともに試験採用されて入った人、
又は、一旦子育て退職したが、
現役時代の能力を見込まれて再雇用されたような人ばかりだったから、

まさに三日で慣れるどころか、
庶務関係の仕事でこまごまとした世話をやいてくれたり、

あるいは、同じチームで仕事をしていて、相手が仕事で行き詰っていたときに、
たまたま筆者が経験した解決策の一策を助言したら、
 「うわっ!さすがやぁ!」 と、メロメロになるほどの感謝をされ、
仕事も成就したときなどは、
はるかに年上のオバサンであっても、思わずハグの領域では済まない、
まさにディープな抱き合いをしたくなったことがあった。

逆に、明らかに、
この人は「能力」としての美貌を加味されて採用されたと思われる、
実際、お偉方の秘書も経験したという人も含め、
誰が見ても美人という人と2回ほど席が隣になったが、
いかんせん男の悲しさ。

こんな美人の口からこんな辛辣な言葉が・・・(唖然)!と
衝撃を受けるような言葉が発せられたり、
互いの仕事の狭間にあるような仕事の押付け合いになったりすると、
「可愛さ余って憎さ百倍」的な経験もしたことがある。

さらに深刻な問題を申し上げておくと、美男美女であっても、
下半身の機能がそれと同等とは限らない。
(もっとも、美女は早くからその方面のお誘いがかかり、
早くから自分の機能がどの程度のものかを知っているとは思える。)

男性の場合、結婚して不能がバレたり、男色でもあったり、
そちらの方面に全くの無頓着であったり、
そちらは熱心であっても、完全に男ペースで、
出してしまえば途端に冷めてしまい、
女性の方には全くかまわないような行動を取ることが判明して離婚した者等々。

女性の場合、筆者が経験もし、かつ、
人気番組「新婚さん、いらっしゃい」
(に出るくらいだから夫婦仲はいいのだろうが。)で
見聞きした実例だが、

女性のその部分の粘膜が極端に薄いのだろう、挿入しようとすると激痛が走る者、
 番組の会話の中では、
これに加えて愛液の出方が異常に少ないのではないかと思えるほどで、
結婚後1ヶ月たっても「あ痛たたー」の状態が続き、事が成っていない者。

細身なのはいいが、服を脱ぐとやせ過ぎで、
随所で出た骨が刺さるため体重がかかると双方痛くて不快な思いをする者等、
男女ともに人並みのことができない人というのはいるものだ。

「三日で飽きるより前の美人」であっても、
そちらの方も首から上が美人であることを理由に
うまく行くとは限らないことは、心中に念じておくべきであろう。

極論すれば、そのときになれば、
照明が薄暗かったり、顔を極端に近づけると美醜など全く分からない。


さらに、首から上からは全く想像できない、
首から下美人というのもいる。

首から上美人に金をつぎ込みたくなるのは無理もないことだとは思うが、
「急性覚醒剤中毒で急逝」にされてはたまらない。

美人は不美人の倍、楽しい人生を送れると、
出生以前の(親の)遺伝子を恨む人もいるが、
世の中には時として、
あんな最低男になんであんないい女が、とか、その逆もある。

職場結婚など「三日で慣れる」理論で納得できる例もあるが、
いわゆる「一目惚れ」については、大脳生理学的には謎が多い。

まあ、マスコミで一目惚れ報道されるのは女性側が美人の場合が多いから、
美人は得する論に直結するのだが、現実の世界ではそうでもないらしい。
それほどの美人でなくとも一目惚れされたという例を筆者も知っている。


上記、メダカの実験も、この問題に関する研究の一環であったのだろう。
このことについては、筆者、複数のれっきとした、
まともな医者の講演やテレビ番組で、

「どうも、一目惚れは一目で惚れたのではではない。
過去のどこかで一緒にいた記憶が脳のどこかに残っていて、
(上記ガラス板を除去されたメダカのごとく)
出会ったときには互いのガードが取り払われ、速攻で心が結びつくのだ。」 

そして、「過去のどこかで一緒にいた」場所とは、
ズバリ、生まれる前にいた場所、この世ではない場所、
すなわち「あの世」で一緒にいたのだ、

というのだ。

あの世と霊魂的存在があることについては、
既に1950年代からアメリカの著名な大脳生理学者が唱えており、
特に生死に係る問題については、単に生物学的反応や化学反応では
説明し得ない部分があり、プラスαの何かがあること。
そして現代ではこれに異を唱える医師がいるのだろうかと思える状況だ。  

筆者が妻を亡くして以来、
自堕落で食生活に無頓着な生活を送った結果、
いわゆるメタボ体型になってしまい、
職場でのメタボ検診で、職場の産業医が、
奇しくも、この産業医がうら若い美人の精神科医だったのだが、
問診で、

「誰も見てくれる人がいないから、メチャクチャな生活を送っている」 
と面倒くさい生活指導の反発も加えて答えると、 

「医師の私が言うのも変ですが、
奥さんは見ていますよ。きっと誰かに見られていますよ。」 
と真顔で言うのだ。

出たーッと思った。  

考えれば、亡妻とは高校3年のクラスメートから大学まで
学部は違うが一緒で、就職してからはしばらくは互いに欲を出して、

もっといい人はいる。私の白馬の王子様、お姫様が迎えに来てくれる

と甘い幻想を抱いたときもあったが、
会ってみると、無理に格好を付けることなく地を出せる関係だった。

ありきたりの言い方では、心が休まるというやつだろう。

 

このへんの感情は、
顔の美醜
(亡妻が「醜」とは思っていなかったからひっついたとは言えるのだが、)
とか体型
(こちらは、「お父さんはデブ専だから」と娘からタイコ判をもらっている)
とかでは説明がつかないと自分自身で分析している。 

あちらが先にあの世とやらへ行ってしまったが、
こちらも、あちらの世界へ行ったらあいつ、俺を待っているのかなとも思う。

もっとも、高3の同級生(ということは、亡妻とも同級生)の悪友で
最近、病気で先にあちらに行ったやつがいて、
亡妻を拝むついでに、
「頼むから、あいつとだけは、
俺がいないのをいいことに不倫なんぞするなよ」
と思ってしまう。

笑えない現実だ。

2018年6月23日土曜日

「忖度」の地勢学

「忖度」。

昨年の流行語大賞にもなったが、
こんな言葉を役所で一般向けの文書に書いて起案したとしたら、
特に今では決裁段階のどこかでドヤしつけられるであろう。

「慮って」とか「相手の意思に配慮して」に書き直せ!
とやられるのがオチだ。

どうも、「忖度」は、
昨年の森友・加計問題発覚以来、本来の意味にはなかった、
「相手が表に出したくないことについて」という冠が付いて、
「相手が表に出したくないという意思を慮って」
とか
「相手が表に出したくないだろうことに配慮して」
という風に取られるようになった。
















しかし、この忖度という行為は、実社会においては現実に重い意味を持ち、
知らず知らずのうちに、多かれ少なかれ為されていることだ。

筆者がある団体において、上から数えるよりも、
下から数える方が近い地位にいたときのこと。
重大事案で部長級の決裁をもらう事前協議に行ったときのことだ。

この部長というのが、頭はいいが感情を極端に表に出す、
いわゆるカミナリ部長でというやつで、部下は常に戦々恐々としていた。

案件についていきなり解決策を提示すると
「お前、この考えを俺に押し付けるんか!!!」・・・①
と怒りだしたという伝説があり、
たいていは当て馬的な腹案を二、三用意していて、
総合的に検討した結果これにならざるを得ませんでした
という論法で持ちこまないと、揉める元になるという暗黙の了解があった。

もっとも、これは役人世界ではよくやられている話で、
逆に上の方から
「これ以外に解決策はないのか?」
と問われることはままある話で、
これを自分の思う方向に持っていくのが役人の腕の見せ所となる。

で、筆者、その問題を上奏した後、
「どういたしましょうか?」・・・②
と切り出した。その部長、
「どうしたらええんや?」・・・③
と至極当たり前の回答だったので、
待ってましたとばかりに、こちらの方針を説明し、
了解を得て、その場はめでたしめでたしだったのだが、
後で直属の課長に呼ばれ、

「ああいう場では、
『どういたしましょうか?』などと聞くのは失礼だ。
答えられないと恥をかかすことになる。

『これこれの問題が起こっておりますので、
こちらではこのように対処しようと思っておりますのですが、
いかがでございましょうか?』
と切り出すべきだ」・・・④

と説諭された。


この案件では、
①の伝説が恐怖伝説に変わり、筆者の深忖度で、
これほどの人なら面前で案件を述べられたら
当然対処案も持ってきていることを承知しているはずだ。

②が出れば当然③と出ると読んでいたのが図星だったのだが、
言われてみれば、④も一理ある。

ただ、これが度重なると、結構こわいことになる。
同じことだから、もういちいちお伺いを立てることもあるまい、
と同じ判断で自分の権限で処理したら、
俺に報告がなかったと上の者が怒り出す。
極端な場合、相手のために先を読んでしたことが、
逆恨みを買うことすらある。・・・⑤



フランスのルーブル美術館に古代エジプトの書記の坐像がある。

なんで書記のごときが像にまで、
と初めてこの現物を見たときに思ったのだが、
古代エジプトの治世を知るに連れ、この役割はばかにできないことを悟った。

古代エジプト時代、王が何かを部下に命令すると、後ろに控える書記が
「そのように決め、そのように行え」
と宣した。

それは、おそらく現代の法律や政令の公布と同じであり、
かつ、書記はそのことを古代エジプト文字を使って記録に留めたのであろう。

これにより、⑤のようなトラブルを防いだのだ。
王は同じような案件が来た場合、この書記に過去の処断記録を出させ、
前と違った判断を出さないように、
もし、違った判断を出すとすれば、日本の最高裁の大法廷判決のように、
前の判断を覆した理由を詳細に記録する必要があったのであろう。

当然、書記は、王が前に出した「そのように決め、そのように行え」の
記録に反するような言動をした場合、
「それは前に下した判断と齟齬があります。」と進言する権能を
与えられていなければならない。相当の権限だ。
だからこそ、王のミイラに匹敵するような坐像を作って、
その権威を表象したのだろう。

さて、ここで登場するのが金正恩。さして政治・行政の経験もなかった
若造の金正恩が首領の座についたとき、
粛清された張成沢(チャン・ソンテク)のような身内が
⑤のような金正恩の意思をいい意味で忖度して、
先読み補佐役をしてくれたのは非常に有難かったはずだ。

極論すれば国内・国際社会にナメられずに済んだ。

ただ、人間、余程のバカでなければ最低1年、事をやってみると、
大体次の年は前年の先例を思い出しつつ自立し始める。

それでも、金正恩の場合、張成沢のような経済派官僚が身内にいて、
中国や韓国との合弁企業が順調に活動を始め、
それなりに国家財政を潤しはじめたとなると、
順調に行けばそれは、忖度の成功であって、
正恩も自分の手柄になることだし、悪い気はしなかったはずだ。

しかし、張成沢は忖度の度を越して、
⑤の逆恨みを買うことになってしまった。

筆者、この張成沢のそれなりの経済政策の成功と、
まずまずの国家運営の補佐状況を見るにつけ、金正恩の取った仕打ちは、
「自分に報告がなかった、知らされなかった」うちに事が運ばれた、
程度の怒りではすまない異常さを感じ取っていたが、
案の定、最近、脱北高官によりその実態が暴露された。
 
張成沢は、自分の経済政策の成果を拡大路線に乗せるため、
いわゆる「39号室資金」、
日本であれば内閣官房機密費に該当する資金に
手を付けようと画策を始めたのだ。

この「39号室資金」、その正体はかなり汚いカネだ。

麻薬や覚せい剤の密売から始まって、IT技術を駆使した、
例のバングラディシュ中央銀行からの8100万ドルかすめ取りまで、
この資金は、たとえ身内でも手を付けるには余りに汚く危険で、
かつ、それは金正恩固有の秘密資金だ。

いくら身内の最側近とはいえ、これに手を出され始めたとなると、
正恩からすれば、まさに国家反逆罪。
即刻処刑、銃殺も無理はない。

ソンテクのソンタクが過ぎて逆恨みの末の粛清。
あまりいい洒落とは思えない。

2018年6月14日木曜日

米朝サミット地勢学的ヤブにらみ





















(各首脳マスコミに出ない本音)

1.トランプ「政治はショーだ。これで次の中間選挙は、自分及び共和党は安泰。」
→トランプに座布団2枚やりなさい。


2.トランプ「さらに、人権外交ばっかり叫んできた民主党にはできない離れ業だ。
  俺をゲテモノ、奇人扱いしてきた野郎ども、ざまあ見やがれ!」

→事実上、金王朝の圧政を是認したトランプから座布団1枚取りなさい。


3.トランプ「米国は北朝鮮と地続きでもなければ、通常兵器が使える距離でもない。
  核とICBMさえなければ、とにかく米国本土は安泰。」

→国際社会よりも、自国の利益最優先のトランプらしいやり方だが、
効果は世界に及ぶ。座布団2枚やりなさい。


3-2.一方の金正恩。施設は壊しても、データは残る。
  内心ヘーとも思うてない。いつでも再生可能。
  現に、核兵器を持っていない日本は、技術力をもって
  「潜在的核保有国」ではないか。

→このへんを見越した金正恩に座布団1枚。


4.南北朝鮮の停戦状態は継続。
  朝鮮戦争終結、平和条約は当分おあずけ。

金正恩「よかった。本当によかった。
ヘタに終戦にでもなりゃあ、軍の存在意義が極端に薄くなる。
先軍政治でかわいがってきた、というよりなだめすかしてきた軍が黙っちゃおらん。
下手をすれば軍事クーデターを覚悟しなきゃならんとこじゃったわい。」

→金正恩に恩を売ったトランプに座布団1枚
→軍部の造反を食い止める努力をした金正恩に座布団1枚


5.同じく南北朝鮮の停戦状態は継続で、内心喜んだのは韓国。

平和条約締結の代償で、多額の援助、支援を要求されてはたまらん。
ドイツ(旧西ドイツ)は、貧乏国家旧東ドイツを併合、
統一したばっかりに、さんざんな財政負担を長期に渡り強いられた。

あの轍は踏みたくないだろうな。今の繁栄を謳歌し、継続したいのが本音。
統一なんぞ、昔の夢、現在のタテマエ。

→日本にも恩恵は及ぶ。韓国に座布団1枚。


6.北朝鮮の現体制は維持。

性急にやっては事をし損じる。朝鮮人民への弾圧は続く。
元はといえば、自由主義化で金王朝体制維持のための援助を
大幅に引下げたロシア、中国の罪。

韓国の太陽政策の復活とアメリカの人道支援名目の援助が期待できる。
その代償で、ボチボチ弾圧を緩めりゃいいんじゃないの。
そうでないと、自由化に起因した自国経済の自力発展が望めない。

核がなくなり、いつまでも貧乏国家よばわりじゃ、
金正恩、内政面で立つ瀬がない。
これからは、軍事費、特に核開発費を経済政策に向けることになるだろうな。

→多分、ここまで見抜いている金正恩に座布団2枚。


7.日本人拉致問題を伝えたとは言うが・・・

北朝鮮の本音は、朝鮮戦争の作戦の一環だ。
一種の情報戦で、スパイ養成の一手段。
これをほじくりまわして軍部に責任があることを表立てると、
4のとおり軍部の反発を買い、金正恩の立場が危うくなる。

→自分が指令したわけでもない作戦のために
振り回される金正恩の立場もある。
これは合わせワザを期待して、金正恩の座布団1枚取ることを保留。


8.人と人とが会うことの意義

マスコミや動画で2次元世界に住んでいて、
互いに現実味を感じないために憎悪の対象となっていた人間どうしが、
3次元世界で生身となって出会う。体温と血色を感じる。
こうなると、互いに殺意は感じなくなる。
そして、互いが背中に背負っている国家のことも相互に慮るようになる。

このような人間の習性を巧みに政治の場で利用したのが、ドイツとフランスだ。
第二次大戦の後遺症で互いに憎みあっていた両国だが、
隣国であるだけに関連する懸案は多い。

まずは月に一度とかのペースで首脳が会って、互いの悩みを話し合おう。
互いの体温と血色を感じながら食事をしよう、となった。
これが後の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)につながり、
EEC、ECを経て現在のEUへと発展した。

少なくとも、トランプと金正恩は互いに2次元世界に住む人間から、
3次元世界に住む、血の通った人間どうしとなったのは厳然たる事実だ。
多くは望まないが、互いが人間性を上昇志向に持っていくことができたのは間違いない。
この状態で、これから双方がなじりあいを開始するとは思えない。

2018年3月10日土曜日

高松国際ピアノコンクール事務局への公開質問状 その2

お問い合わせいただきありがとうござます。
近日中にご連絡させていただきます。

Sent date and time: 2018-03-09 08:56:14
お名前 : 近藤
件名: 審査員、協奏者をもっと有効利用したらどうですか。(その2)

お問い合わせ内容:

審査員の岩崎 淑、青柳 晋、神谷郁代、 ミハイル・ヴォスクレセンスキー 。過
去3回のコンクール時は、皆、コンクールの前にリサイタルを催して、コンクールの
盛り上げに一役買っていますよね。

今回、最高の呼び物として期待されるダン・タイソンの
共催リサイタルの話が全く聞こえてこないのですが、
どうなっているのですか?

2018年3月9日金曜日

高松国際ピアノコンクール事務局への公開質問状

近藤様

お問い合わせいただきありがとうござます。
近日中にご連絡させていただきます。
=============================
高松国際ピアノコンクール事務局
高松市亀井町4番地12 セントラルビル別館3F
TEL : 087-812-5583/FAX: 087-812-5584
info@tipc.jp  http://www.tipc.jp


件名 : 審査員、協奏者をもっと有効利用したらどうですか。
お問い合わせ内容:
今回の審査員ダン・タイソン(鄧泰山)。

1980年のショパン・コンクールで東洋人で初めての第1位。
(もっとも、当時のチャイコフスキー・コンクールやショパン・コンクールでは、
①共産主義国最優先、②白人優先という不文律があって、
アメリカの北爆を受けまくっていた北ベトナム出身ということで、
①のゲタを履かせてくれたんだと、当時はイヤミを言わたりしていましたが・・・
その後の彼の活躍はこの陰口を払拭しました。)

高松にも、直近では1989年3月、当時の香川労音の招聘で、
旧高松市民会館でリサイタルを行っています。

3次予選のピアノ四重奏でヴァイオリンを弾く川久保賜紀。
2002年のチャイコフスキー・コンクールで1位なしの2位を中国と分け合いました。
ということは、実質1位と考えていいでしょう。

ただし、この年は、両親の両親、すなわちじいさん・ばあさんが
高松にいることで(ローカル的にも)有名になった上原彩子が
ピアノ部門で1位を取ったことばかりが話題をかっさらい、
川久保の活躍はその影に隠れてしまった感があります。

が、今回で名誉回復。
将来は、ピアノ部門1位の上原とヴァイオリン部門実質1位の
川久保の同期優勝者ジョイント・リサイタルなんてどうですか?

と、まあ、今回は関係者中に著名コンクール優勝者に恵まれたこともあり、
コンクールの合間に、彼らに、コンテスタントとしてどうコンクールに臨んだか、
優勝時の感想、さらにはダン・タイソンなど前回リサイタル時の
高松の思い出などを語ってもらうミニ講演会など開いたらどうですか。

著名コンクールなど、審査員どうしが審査方針でケンカして、
審査員を辞退する(あの、亡中村紘子もその1人)等審査自体が
話題になることもざら。


等等、外野ももっと騒いで、話題性をつくってもらいたいですな。
だいたい、国際コンクールなど、粛々と進むことの方が異常事態と考えるべき。
ハプニングもコンクールの話題づくりには必要なのです。

2018年3月8日木曜日

アホ臭さの極みグッズ

教職員生協で頒布していたこともあるブツだから、ご存じの学校の先生もおいでかも。

「音楽家せんせいスタンプ ビバリー」
で検索すると出る。

先生が、いい子の宿題に押してあげるお褒めのスタンプで、
登場する音楽家は5人。

非常にリアルな肖像をハンコに加工してあり、
それぞれが吹き出しからおほめの言葉を発している。

そのお言葉を生存年の古い順に申し上げると、

バッハ「ブラボー!」

モーツァルト「上手(「じょうず」とルビが振ってある。)ですね」

ベートーベン「うんめぇ~」

(筆者注:アホ臭さの極みのダジャレ・・・のはずなのだが、しかし、である。
最近はベートーベンの交響曲は第9「合唱付き」ばかりが脚光を浴びて、
5番「運命」を知らないお子様が多いんじゃないの?

我々の世代の幼少期1960~70年代は、寝ても起きてもテレビ・ラジオから流れ出るのは、
あの「ジャジャジャジャーン」の「運命」の冒頭部ばかりだったよなあ。

製作者の頭が古すぎて、作った人には極め付きのダジャレでも、
世相がとっくの昔にその旬を過ぎていることに気が付いていないんじゃないの?)

ショパン「その調子です」

チャイコフスキー「すばらしい(わざわざ行変え)アンコール」


さして高くもない商品だから、皆様お求めになって、アホ臭さの極みをご堪能ください。

2018年1月1日月曜日

2018年 新年のご挨拶 / Special Greetings for the New Year

皆様、明けましておめでとうございます。
皆様方には、お元気で穏やかな新年をお迎えのことと思います。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。


芸術情報研究所の研究の柱である 
スピーカーの平面配置による再生の効能研究については、
なかなかにこれと言った決め球が見出せません。
そんな日々が続いております。


しかし、人生を60年も生きると、過去の経験と現在の何かを結びつけて、
新たなものを見出すことができるようになるのは強みかもしれません。
そんな思いをひとつ。


今年も新年恒例のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートを見ましたが、
今年はその1時間前にプレ番組を放送し、
ウィーンフィルの音の舞台裏を垣間見ることができました。


その中での新発見の事実。ウィーンフィルの楽団員の持つ楽器は
メインテナンスの効いた楽団所有のものを楽団員に貸与しています。


そのヴァイオリンは、いわゆるドイツオールドヴァイオリンですが、
1人だけストラディヴァリを持つことが許される者がいます。
それはコンサートマスターです。


今、世界に600丁ほどのストラディヴァリが有ると言われていますが、
それをウィーンフィルの団員の持ちたい者に持たせるとどうなるか・・・。

似たような話を読んだことがあります。


バイロイトで長く合唱指揮者を勤めたノルベルト・バラッチが来日時に、
バイロイトの合唱の「声」の作り方はどのようにしているのかを聞かれたとき、

「最初は、オペラのアリアを歌うような歌い方をする者もいるが、
そこは鎮めて、鎮めて、ビブラートを効かさない、自然な発生をするよう
均質性を持たせる。」
「ビブラートを効かせた派手な発声はソリストのすることだ」、が言外に見えます。

ひるがえって、
皆さんお持ちのHi-Fi(ハイファイ)セットの直線再生の左右スピーカーは、

(1) ソリストだけが立っている状態ではないのか。
(2) コンサートマスターが持つストラディヴァリのみが鳴り響いている状態ではないのか。
(3) 後ろにいるオーケストラの厚みや合唱の深みは出せているのか。


平面再生をすることにより、前後スピーカーの発する音の時間差、
音同士の干渉、その他、直線再生では起こりにくい現象が生じることで、
ある程度(3)が強調できるのではないでしょうか。


ですが、それは人類が求め続けたスピーカーのHigh Fidelity を
ぶち壊しての所業になりかねません。そして場所も取ります。
現状においては、市場性を無視した研究に見られるのも無理はありません。


しかし、何かが違います。平面再生の方が自然に近い。音が柔らかい。
もしかしたら、直線再生には無い快感が得られているのではないか。
これを数値化するのが、今まさに我々がやっている戦いに他ありません。


本年はさらなる飛躍を目指し、具体的には、 
平面配置スピーカによるリスナーの心地よさの判断手法などの
研究と地域活動に邁進してまいります。


本年もなにとぞ弊所をご愛顧賜りますよう、よろしくお願いいたします。
また、最後になりましたが、
本年も皆様の益々のご健勝とご発展をお祈り申し上げます。


                         芸術情報研究所代表 近藤 紀文

 


2017年12月30日土曜日

山田麻実さんの自己紹介動画発見

ミュンヘン市民へのPRを兼ねた
ミュンヘンフィル2ndバイオリン正団員就任
山田麻実さんの自己紹介動画を発見。


「Asami Yamada's Interview」を検索でいつでも見られる。



この10月28日公開というのも新鮮。

動画では、山田さんの流暢なドイツ語と、横から見ると卓球の福原愛そっくり、
演奏時にふと見せるバイオリニスト千住真理子のような表情に魅了された。

声も、いい声をしている。
歌い手の発声ではないが、いやされる声だ。

親父さん、恥ずかし紛れに、まあ、言いたい放題を。

2017年12月29日金曜日

ゲルギエフつながりの驚愕のリサイタル

本年12月9日付けで掲載した、
恐るべし!天下のマリインスキー歌劇場管弦楽団に勝った東大オケの
ヴァレリー・ゲルギエフつながりで驚愕の事実を一席。

このゲルギエフが常任指揮者を務めるメジャーオーケストラに
ミュンヘンフィルがあるが、
その「ミュンヘンフィル団員 日本音コン3位 ヴァイオリン 山田麻実」で
ピアノは高松一高、桐朋ラインの立川美香を掲げたリサイタルのチラシが、

最近、行き着けのオーディオ屋インザムードに行ったら、
カウンターの上に無造作に積み上げてあった。


2018年4月21日(土)15時から国分寺のシカ、とある。

近藤「これ何な!」

店員(筆者のオーディオの師、滝口教祖)
「ああ、それ客のじいさんが、親戚の演奏会やいうんで置かしてくれ言うて、
持ってきたんですわ。」

筆者、速攻、そこに書かれた「山田」と書かれた問い合わせ先へ携帯を入れる。

近藤「出身は芸大付属、芸大、芸大院、
ミュンヘン音大院となっとるけど、中学までは高松?」

山田氏「本人はずっと関東ですが、父親の私が昭和51年の高校卒業まで高松やったもんで、私の父、娘から言うたらじいさんがどんな音か聴きたい言うんで、どうせやったらいうんで、会場を設定したんです。」

近藤「51年高卒、・・・もしかして・・・」

で話を進めたら、何と彼は高校の同窓生で、そのいとこ、
旧姓山田さん:今はなき高松古楽コンソートに所属していた白石さんも同窓生とのこと。唖然。

近藤「しかし、よう受かりましたね。」

山田「倍率は500倍とかやったです。(!)まあ、これからですわ。」

近藤「チラシのご尊顔も麗しく・・・。」

山田「それがあいつ、顔が全然で、最近も撮り直ししたんですが、
これも気にいらんで、そのチラシのは相当前のやつです。
あまり、期待をなさらんように。(以上、ご尊父発言ママ)」

近藤「いやあ、うちのドラ娘も勤め先の大阪の企業のサイトに写真が出とんですが、
どうせ出るなら見合い写真に使えるようにキレイに撮ってもらえや、
言うたら、企業風土に合うように撮られたっちゅう話ですわ。どんな企業風土や。

しかし、ミュンヘンフィルの現役がこの甘ったるい
(会場がシカだから言ったのではない。)
子ども向けみたいなプログラムとはもったいない。
倍値の5,000円で面倒い曲でも行きますわ。」

山田「そうしたいんはヤマヤマなんですが、なんせ、3楽章モンのソナタに
じいさんの体力が持つかどうか分からんので、今回は泣く泣くこんなんにしたんですわ。
いずれは、本格的なソナタでやりたいです。」

2017年12月28日木曜日

第4回高松国際ピアノコンクールのご意見番

(12月15日質問投稿)
パスポートチケットの売り方がドンくさいんちゃいますか。


パスポートチケットが「※7,000円お得」?
アホなこと言わんとって下さいよ。
それよりずっと美味しいでしょう、このチケットは。


せっかく今回から3次審査に導入するピアノカルテット。
これのメリットを本音で売り込まにゃあ!商工会の人も役員にいるんでしょう。
もっと商売気を出して下さいよ。


ピアノカルテットを構成する楽器の内、
ビオラはソロリサイタルをすることは非常に稀ですが、
ヴァイオリン、チェロのソロリサイタルは普通の話。


で、今回3次審査登場の弦パートの面々は、
東京価格でソロリサイタル5,000円は当り前のメンバーです。
((ヴァイオリン:玉井 菜採、川久保 賜紀、
  ヴィオラ:大野かおる、松実健太、
  チェロ:河野文昭、長谷川陽子)
グーグルあたりで「リサイタル 氏名」で検索してみて下さい。
なんぼでも出てきます。)


その連中が3人一組で入れ替わり立ち代わり、
1日5回、2日で10回演奏する訳でしょう。
1日どころかコンテスタント2名分の演奏を聴けば市場価格での元は取れて、
後はプレミアムです。


言っては何ですが、瀬戸フィルが3次審査の伴奏を務めた前回よりは
付加価値が高くなっているのは間違いありません。
県外から3次審査のみを聴きにくる人も出かねません。


そして最後に一言。殺し文句はこれ。
「3次審査以降は全席指定となります。いい席はお早目に。」




(12月14日質問投稿)
過去3回の思い出なんですが、高松国際コンクールは4年に1回、
奇しくも(?)冬季オリンピックの後、
ひと月も経たない間に開催されますよね。今年も然りです。


冬季オリンピックの出場選手の国籍と
高松コンクールの出場者の国籍は類似性が非常に高いです。
北の国が有利で、出場者の育成に非常にカネがかかる。
まさに南北問題です。


南の貧困国家=ほぼサッカーに熱心で強い国は、出場者も限られます。
サッカーが貧者のスポーツなら、ピアノはやっぱりフィギュアスケート並みの
金持ちのスポーツ(そうです。スポーツそのものです。)ですね。


この冬季オリンピックの盛り上がりを、
どうして高松コンクール事務局は引っ張って来ないんですかね。
「オリンピックの次はコンクール」的ノリで。


出場国の国旗が、オリンピックが終わると同時にそこら中でひるがえり、
商店街で流れるのは出場国国歌くらいでないと、このノリは引き継げません。
(国家でなく地域である台湾にも「国歌」は有ります。今回は予選敗退のようですが。)

悪名高きИси井Рури子Старушкаあたりがいたときは、
セレモニーとして粛々とコンクールを進めたいとの
天の声が降って来ていたのでしょう。

ですが、鬼婆も永久にこの世から消え去り、
今、世間では2017年の直木賞・本屋大賞を総なめにした
小説『蜂蜜と遠雷』のモデルになった浜松国際ピアノコンクールの模様が
コンクール風景のスタンダードとなっています。


一次審査の段階から「歓声」「怒号」「スタンディング・オベイション」の連続ですよ。
 ブログでもそのとおりの模様が次々に掲載されています。


さらに、通になると、どうして高松コンクールは「聴衆賞」がないんだ、
との声すら聞こえます。


高松の聴衆のレベルが
「聴衆賞」を投票するほどのレベルではないから(という上から目線)なのか、
単に前からやってないから、その引継ぎでやってないのか。


「聴衆賞」がないと、盛り上がりにも欠けますよね。
人気投票か総選挙か知らんですが、世間ではそういうのも流行ってますから。

2017年12月27日水曜日

高松国際ピアノコンクール事務局への公開質問状

 「カントリーリスク」。

前回の高松国際ピアノコンクールまではあまり意識しなかったこの言葉、
米トランプ爆弾が爆発するごとにヒヤヒヤものになる。

我が芸術情報研究所は、この手の問題を「地勢学」として研究していて、
恰好の研究ネタだ。
(「地勢学」の正体は「芸術情報研究所」を検索し、ブログを参照されたい。)

カントリーリスク評価マップ - 2017年1月~2016年第4四半期
コファスジャパン信用保険会社

















 




カントリーリスクその1 

今回2名のイスラエル国籍のコンテスタントがいる。
この、イスラエル国籍というところが曲者だ。
まず、トマー・ゲヴェッツマン。


誰がカタカナに訳したのかは知らないが、「WIRTZ」を「ウィルツ」と読まず
「ヴェッツ」又は「ヴィルツ」とWをにごらし読みするのであれば、
これはユダヤ人のドイッチャー、すなわち、元ドイツにルーツがあって、
移民だか帰国だか知らないが、した者の可能性が高い。
顔だちも典型的ユダヤ人だ。


もう一人、オル・リーム。
こちらは典型的アラブ系パレスチナ人の顔だち。
顔色も浅黒いのを隠すため、わざと白黒写真にした可能性がある。


そして、パレスチナ人とシリア人の両親を持ち、
ニューヨークを拠点に活動するアラブ系アメリカ人アーティスト・映画監督に
Jackie Reem Salloum(ジャッキー・リーム・サッローム)という女性がいる。
オル・リームも同じREEMを名乗っているから、
もうパレスチナ人と見て間違いないだろう。


さて、そのイスラエルとパレスチナ。
 トランプ爆弾が「イスラエルの首都を(テルアビブでなく)エルサレムと認定する」
などと発言したもんだから、
ただでさ揉めに揉めもめているこの双方の紛争に油を注ぐ上に、
唯一のアメリカ国籍の参加者、クリス・ジュヨン・ハンにも火の粉が飛んで来かねない。

もっとも、この人、写真から見ても名前から見ても、ハン・ジュヨン。
韓国系(又は中国系)らしく、多少救われた気もするが、ゆめゆめ油断めさるるなかれ。



カントリーリスクその2

高松国際ピアノコンクール第1回で優勝をかっさらいながら、
前回は一次審査すら出場者の無かったウクライナ。


今回は2名出場だが、隣国ロシアは7名。
この2国がこれまた面倒い。


この2国については、おおっぴらに紛争が始まる2年前には、
筆者、この事態を予言していた。
(筆者論文「ドイツ大使と近藤昌紀の大予言」参照)


4年前の第3回開催時期は、この2国の紛争が頂点に達した頃で、
ウクライナ側としては、コンクール出場どころの情勢ではなかっただろう。


まさにコンクール会期中の2014年3月18日、
ロシアが当時ウクライナ領であったクリミアを併合。
同年7月17日には、ウクライナ東部を飛行中のマレーシア航空機が
ロシア製地対空ミサイルにより誤爆・撃墜された。


この地域はウクライナといいながらロシア系住民の多い地域で、
現在でもロシアへの併合を望む一派とウクライナ政府の対立で、内乱状態を呈している。
そのすさまじさを、今年は身近に感じることができた。


今年9月12日のキエフ・クラシック・バレエ県民ホール公演。
この時に売られていたオリジナルパンフレットに書かれた、
プリンシパル長澤美絵への5月10日付け電話インタビューを読むと、

「1年前に結婚しました。
今は同じバレエ団にいるエフゲニー・ペトレンコですが、
それが波乱万丈で・・・。


彼はもともと民俗舞踏を踊っていた人ですが、
キエフ・クラシック・バレエと同じ劇場にレパートリーがあるので、

一緒の舞台を踏んだ時に知り合いました。

でも、結婚してひと月で彼は兵役に取られてしまって・・・
ほんの3日前に帰ってきたのです。
」


ちなみにこのカンパニー(キエフ・クラシック・バレエ)は、
旧ソ連時代にはモスクワのボリショイバレエ、
レニングラード(現サンクトペテルブルク)のレニングラードバレエと比肩された、
ウクライナ国立キエフバレエとは似て非なる団体である。

こちらの団員なら兵役免除されたかもしれないが、
それにしてもバレエのダンサーを兵役に取るなど、国家総動員の状態に近いとも思える。

事態が急辺すれば男性コンテスタントの
ヴァーシル・コーチェスに帰国命令が出たりして・・・。


12月24日の四国新聞ほか各紙によれば、
ここでもトランプ爆弾が、「ウクライナへの武器供与を決定」とのまさに爆弾発言。
ロシアとの仲も一層険悪にならざるを得ない。
どこまであの男は世間を混乱させるつもりなのか!


第2回では、チリ・イースター島出身の女性コンテスタントが、
折からのチリ沖地震に起因した津波被害に対して募金を募ることに事務局も協力した。


それでは今回、上記紛争が悪化し、立場の弱いパレスチナやウクライナの
コンテスタントが人道的支援を申し出たらどうするのか。


逆に、ウクライナはドン・コサックの発生の地、
パレスチナはご存知のとおりの自爆王国だ。どちらも血の気の多い地域ときている。
ロシア人やユダヤ人のコンテスタントと、舞台裏で乱闘をしかねない。


まあ、筆者はそれも国際コンクールならではのハプニングとして、
ドメボケした香川県民にインターナショナルな刺激を与える
いい機会だとは思っているのだが。


それにしても、今回の白眉は、ドイツ人コンテスタントが2名いることだ。


ドイツは主要都市にはすべて音楽大学があるという音楽教育大国なのだが、
これでようやく高松コンクールもドイツ人に目を付けられるようになったか、
という感慨はある。


チャイコフスキー、ショパン、エリザベート、ロン・ティボーの各コンクールに比肩する
ミュンヘンコンクールを催す国だけに、どのようなレベルか、興味を引くところだ。


ちなみに、女性のカテリーナ・マイ・グレーベは、
顔だちとマイという名前から見て、日系ドイツ人の可能性大。



2017年12月18日月曜日

続・増補版リヒャルト・ヴァーグナー絡みの競走馬名鑑

懸案であった、楽劇「ニーベルングの指輪」全4部作関係を追加してみた。

総評として、

1 複数のウマに系統的にヴァーグナー作品登場人物の名前を付けている馬主が
    何人かいるが、団体名も含めて、一見明白にワグネリアンで、
    逆に、ウマにヴァーグナー絡みの名前を付けることで、
    俺はワグネリアンだと誇示して、
    「キタサンブラック」とは格が違うんだと言わんばかりに、ハクを付けているように思える。

2 競走馬名は電光表示板の関係で、カタカナ9文字までと中央競馬会で決まっている。
    その制限の中で、中途半端な名前の付け方になった馬、
    例えば「マチカネタンホイザ」(さぞやタンホイザーとしたかったであろう。)、
    「エルザブラバント」(エルザ・フォン・ブラバント=ブラバントのエルザとしたかったであろう。)を
    見るたびに、馬主の無念さが伝わってくる。

3 こういう研究も、地勢学の本領だ。
    世界の王族、富豪にはワグネリアンが多い。
    それにあやかりたいという馬主の渇望が、馬名を通じて見えてくる。


リヒャルト・ヴァーグナー
ドラゴンワーグナー:馬主 窪田康志
ワグネリアン:馬主 金子真人ホールディングス


歌劇「さまよえるオランダ人」関係
ダーラント:馬主 門野重雄
エリック:馬主 門野重雄


歌劇「タンホイザー」関係
マチカネタンホイザ:馬主 細川益男
タンホイザー:馬主 門野重雄
タガノエリザベート:馬主 八木昌司
(筆者注:「エリーザベト」としないところを見ると、ミュージカル「エリザベート」から取ったのかも。)
ウォルフラム:馬主 キャロットファーム


歌劇「ローエングリン」関係
ローエングリン:馬主 社台レースホース
エルザブラバント:馬主 平井頼行
ヘイセイエルザ:馬主 加藤章
(映画「野生のエルザ」から取ったのかも。以下同)
レッドエルザ:馬主 東京ホースレーシング
オルトルート:馬主 村野康司
ゴットフリート:馬主 キャロットファーム


楽劇「トリスタンとイゾルデ」関係
トリスタン:馬主 伊達秀和
イゾルデ:馬主 伊達秀和


楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」関係
 マイスタージンガー:馬主 山崎淨
 エッケザックス:馬主 社台レースホース


楽劇「ニーベルングの指輪」全4部作関係
序夜「ラインの黄金」
ヴォータン:馬主 門野重雄
ローゲ:馬主 門野重雄
フリッカ:馬主 門野重雄
エルダ:場主 日下部勝徳
ダイコーフライア:馬主 日下部勝徳
シンボリドンナー:馬主 シンボリ牧場
メイショウドンナー:馬主 松本好雄
ヴォークリンデ:馬主 キャロットファーム
フロースヒルデ:馬主 宮川保

第1夜「ワルキューレ」(以下、前作と重複する登場役は省略)
ワルキューレ:馬主 加藤裕朗
サトノワルキューレ:馬主 サトミホースカンパニー
ジークムント:馬主 吉田勝己
サクラジークリンデ:馬主 さくらコマース
ブリュンヒルデ:馬主 加藤裕朗 
オルトリンデ:馬主 グリーンファーム
ジークルーネ:馬主 グリーンファーム
ロスヴァイセ:馬主 キャロットファーム

第2夜「ジークフリート」
ジークフリート:馬主 新井利彦

第3夜「神々の黄昏」
ハーゲンベック:馬主: 廣嶋景子


舞台神聖祝典劇「パルジファル」関係
パルジファル:馬主 池谷誠一
グラールストーン:馬主 吉岡泰治
アンフォルタス:馬主 米田裕一