自己紹介


はじめまして。近藤紀文と申します。
当ブログにご訪問頂き、ありがとうございます。

このブログでは演奏会(ライブやコンサート)参加の履歴や
日常生活で思ったことについて、様々な視点で書いていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。


2020年7月26日日曜日

新コロに関して

発症の原因が、今まで年齢・加齢の問題とか既存疾病、
体質の差とか、
ウイルスを受ける側の人間の問題として捉えられて来たのが、
確か東大の学者が発見したのですが、

新コロウイルス自体が
人体の免疫機能を呼び出す能力を封殺する遺伝子を備えていたなんて、

人間の行為で言えば、
他人の家に押し入って、猿ぐつわでガードマンを呼べないようにした後、
自らは被害者に毒を飲ませたり、傷付けたりはしないが、
仲間を増やして家に有る財産を食い尽くし、
それによって、住人に食料を与えず干殺すようなもんです。

本当に狡猾で手強いです。

世間の人は、この免疫機能を呼び出す能力を封殺される、
すなわち、ガードマンを呼び出す機能を封殺され、
家の外では何が起こっているのか分からないままに、
強盗が家の中でドンチャン騒ぎしていることの恐ろしさが
分かっていないと思われます。

2020年7月25日土曜日

新コロウイルス自体を死滅させるるワクチン

新コロの症状緩和薬でなく、
新コロウイルス自体を死滅させるるワクチンとして、
コロナ状になった突起にひっついて、
人体細胞への侵入をできなくなするのが手っ取り早いワクチン製造法と書いた下り、
これは、もう治験段階に入った最も手早い新コロ撃退法です。

あのコロナ状の突起は、既に学術上「スパイクたんぱく質」と名付けられ、
この突起に取付くか、突起を使い物にならなくするかで、
各製薬会社はしのぎを削っています。


まさに、このスパイクたんぱく質攻撃薬として、

新型スパコン富岳が選んだのは、何と膵炎治療薬、日医工のフサン。

富岳の前例のないシミュレーション能力が選んだのもフサン。
他にも候補役は選ばれたそうですが、
既に治験にも使われている薬にとどめの一撃的ニュースです。
レムデシビルだのアビガンだのと騒いだのが、既に時代遅れになりつつあります。

2020年7月13日月曜日

土方 (ドカタ) 殺すにゃ刃物は要らぬ、三日新コロ降ればいい

表題の元歌はご存知「土方殺すにゃ刃物は要らぬ、雨の三日も降ればいい」だ。
あまり使われなくなくなった例え文句だが、
非正規短期雇用労働者の悲哀を語る上で、これは現代に生きる名言だ。

新コロの降り具合となると、
神懸かったゼロを続ける岩手を除けば
長く鉄板の3人と5人を誇っていた鳥取と徳島が相次いで陥落。

香川も7月10日、4月20日以来81日ぶりに高松市内の70歳代男性1名感染を発表。

掲載の『赤死病の仮面※』を例に取るなら、
新コロを恐れる籠城派に対し、それでは生計が成り立たない。

 ※2020年4月18日付け当ブログ

「杜撰すぎます」という経済優先派の圧倒的圧力に負けて、
開門と同時にこの有様だ。

その後も、城内で我慢・忍従を強いられた経済優先派が、
食い扶持を求めて怒涛のように場外に出ようとするため、
もう一度閉門しようと思っても、事実上不可能な状態になってしまった、
というのが現状か。


 














「withコロナ」、「コロナとの共存」などという、
先走った考えにはついて行けない、というよりも、
年齢的なリスクが大きくなって、ついて行けない危険性の増した私だが、
実は、必ずしもそうでないという実績を私自身が作ってしまった。

昨年、左足内踵MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染※。
※2019年6月9日付け当ブログ参照されたい。

このMRSA、同年12月6日の四国新聞3面には、
薬剤耐性菌の“雄”として、2017年には年間4,224人が死亡と発表。

国内死亡者が未だ1,000人未満の新コロと比べると、余程質が悪い。

実際、皮膚科主治医には「最早打つ手はない」と宣告され、
昨年6月4日の済生会病院の人間ドックでは
「菌が全身に回らなくて本当に良かったですねえ」。
(後に、これが菌血病のことと分かるのだが。)

この頃を最悪とするなら、
昨年12月にはかなり傷がふさがり、今年1月からは杖無しで歩行。

今年4月20日には傷が完全閉塞し、
4月24日には皮膚科主治医のMRSA制圧宣言。

同6月2日の済生会病院人間ドックでは血液検査で
炎症反応がなくなったことを確認と、
皮膚科主治医も「一時はどうなることかと思った」症状が、
感染・発病後15か月、手術後13か月で、
少なくとも多剤耐性菌に完勝したことにはなる。

新コロ騒ぎがなければ、多剤耐性菌を自己免疫で克服した症例として
注目される存在となったらしく、
現在、後遺症として残った、山なりに角質化した皮膚がはがれて、
高さが低くなっていく経過を観察中の身だ。

この稀有な体質が新コロに通用するのか。

例え通用するとしても、新コロは現状では短期決戦だ。
自己免疫とは言え、一年余もかかったMRSAとの闘いと同等の動きで
新コロに立ち向かって、対処可能なのか。

やはり、未知数としか言いようがない。


それでは、新コロとはつまるところ、
どういう“生命体”なのか、
いや、“物質”なのか?

分からないようで、分かってきた現状を、
7月初めくらいまでに収拾したデータを元に整理してみよう。


まず、ウィルス自体は“生命体”と呼べるのかどうかも怪しい存在だ。

生命である限り、単細胞生物であっても、外部から物質を取り込んで、
それを分解することによりエネルギーを発生させ、
そのエネルギーを使って自己分裂を繰り返し、種を存続させてゆく。

ところが、ウィルスは例えば人体であれば、
その細胞に取り付いていないと生存できない、
完全な寄生虫的存在で、
寄生主が死ぬと、最終的にはウィルスも生きてゆけない。

すなわち、自己増殖能力が無いのに生命と言えるのか、からが“?”の存在だ。


しかし、新コロは生命でないとしても、
学者の表現を借りれば、
最初は悪い意味で「よくできた」から始まって、
次に「狡猾な」、最新では「手強い」ウィルスという評価になっている。

極論すれば、進化論からすれば、より進化したはずの脊椎動物である魚類よりも、
軟体動物で構造的には原始的なタコの方が知能が高いという例があるように、
分子構造としては低いレベルにあるウィルスが、構造的により複雑になって、
単細胞生物よりも出来がいいという存在になったと考えていいのだろう。
















では、新コロの何がそんなに狡猾で手強いのか。

1.普通、病原体が人体細胞に取り付いて危害を加え始めると、
細胞は警報物質であるインターフェロンを放出し、
免疫細胞などの防御機能を呼び寄せて退治を始めるのだが、
何と、新コロは細胞の持つ、
この警報物質放出機能を極端に弱める遺伝子を持っているというのだ。

警報物質が出るからこそ、人体は免疫の機能を高めるために発熱したり、
有害物質を外に排出しようと、咳をしたりするのだが、
警報物質が十分に放出されない。
これが、感染後数日間というスパンで発症しないという外見的特性となり、
その間細胞内に潜り込んで、
さんざんに増殖した新コロは、未だ発症していない保菌者から他者に感染する。

2.本来は外敵を破壊させる役割を果す免疫細胞が、
外敵である新コロの極端な増殖数に対応できず、
善悪の見境がつかなくなったが如く、人体細胞までも壊し始める。
これが症状の突然の悪化として表に出る。

3.余りの新コロの数に、本来なら病原体を体内に取り込んで分解、
無力化させる機能を果す、食細胞という免疫細胞が、
サイトカインストームとかいうパニック状態を起こし、
最後の手段として、食細胞自体が自爆し、
そこから出るDNAなどで病原体を絡め取るという特攻攻撃に出るのだが、
これが大量に起こると血流を阻害し、血栓を生じさせる。

これも急激な症状の悪化の原因になる。

朝には軽症だった患者が夕方には重篤化し、
人工呼吸が必要になるというのも、この症状が肺で起きるためだ。


4.2や3のような一種アレルギー的な症状に対しては、
アレルギーを緩和させるステロイド系の薬剤が有効ということが分かってきて、
症状緩和にオルベスコなどのステロイド剤が投入され始めた。

5.では、最終的に新コロを退治して完治できるのは、どういう仕組みが働くからか。
これは、いわゆる抗体という存在がモノを言う。
人体細胞に入り込もうとする新コロの、
それこそコロナのようになった多数の足に抗体が接合し、
細胞内に入れなくする。
細胞からの生活の糧を得ることが出来なくなった新コロは死滅し、
完治につながるというわけだ。


6.この抗体を作る能力は、人によって極端な差があり、
手っ取り早い治療法は、すでに完治して、
血液中に抗体の溢れている抗体製造能力の高い人の血清を、
患者に点滴注入することで画期的な効果を生むのだが、
この血清というやつ、なかなか一筋縄ではゆかない。

他人の身体への適合性、他の疾病の病原体が潜んでいて、
(例えば肝炎とかエイズとか、血液感染する病原菌の存在)、
この検査をする時間がない。
やるとすれば末期症状の患者にイチかバチかでやって、
大当たりをすることを期待するしかない、というのが現状だ。


7.新薬を作るのに手っ取り早いのは、
この抗体と同じ成分を作るか、あるいは予防薬としては、
この抗体を作りやすくする成分を注入してやればいいということになる。

ここまでを総合するなら、新コロの全容はほぼ見えてきた。
これから退治が始まるという、分水嶺に近づいている気はする。

三密の最たる環境を作る平面再生の実験及び香原システムの“人体実験”は、
上記開門状況が続き、

感染者が増える一方の現状においては、あなただけでなく、
私も絶対感染していませんと言えますか?

と自問することから始まり、予防薬のない現状においては、
絶対にうつしませんと言えますか?

で成り行きを見続けるしかない。

2020年6月16日火曜日

大いなる誤認-こんなの、意味の分からん小中学生に歌わせて、どうすんだよ !

新コロによる外出自粛が叫ばれていた5月の連休、
家の中で悶々と物心つい ての50年余りを振り返ったとき、
突然、幼少期に聞き覚えた歌曲、童謡が頭に 浮かんだことがあった。


その歌詞の、幼い頃に解していた意味と、
長じて、そ の正確な意味を知ったときの、
余りのギャップの大きさに愕然としたことがあ ることを思い出し、
己の浅はかさに思わず苦笑した。


しかし、これは読者諸氏もカミングアウトしていただきたい。

同じような間 違いを犯したまま、
もしかして今もそう信じ込んでいるのではないか、
と筆者 があなたの内心に潜り込んで行く問題だ。


逆に言うと、日本古謡と西洋音楽が 混然と融合した
明治期の文部省唱歌・歌曲の類を戦後世代に歌わせると、
こう いう誤認が起こるのでは・・・の集大成だ。


まず最初は、2016年8月10日の当ブログで
筆者が「華のある曲」として大絶 賛した
武島羽衣作詞・瀧廉太郎作曲『花』、の3番の歌詞の頭、
 -錦織りなす 長堤に- を、

筆者、恐らく中学になるくらいまで
-錦織り成す 朝廷に- と誤認していた。
 
というのも、筆者幼少期の昭和40年頃からか、
NHK日曜夜8時の大河ドラ マが始まり、
折からの司馬良太郎ブームもあって、幕末ものが割と頻繁に放送 された。


その中で戊辰戦争の官軍としての薩長連合軍が、
幕府征討軍の象徴と して、
進軍歌『宮さん宮さん』を歌うシーンが何度か放送された。


その一節、  
-あれは朝敵 征伐せよとの 錦の御旗じゃ 知らないか-
が、調子の良いリズムとともに、
柔軟で何でも吸い込む幼少期の頭に刷り込ま れ、
「錦」と言えば「朝廷」と連想するようになってしまったのだ。


その結果として、「錦織り成す朝廷」とは
小学校低学年にしてはなかなかの迷 解釈だ。


それに続く節、すなわち  
-暮るればのぼるおぼろ月-
も  
-来るればのぼるおぼろ月-
と誤認し、


3番の歌詞を誤認のままで通すと  
 -錦織り成す朝廷に 来るればのぼるおぼろ月   
げに一刻も 千金の眺めを何に喩うべき-

と、これはこれで、
1番の「春のうららの隅田川」から始まる、
東京遷都間も ない明治朝廷の見事な讃歌になっている。 


2016年8月10日のブログでは、
もう1曲絶賛の
土井晩翠作詞・瀧廉太郎作曲『荒城の月 』。


その2番は、
 -秋陣営の霜の色 鳴き行く雁の数見せて 
植うる剣に照りそいし・・・-

となるが、この歌詞のポイントは「植うる剣」に有る。

実際、籠城戦などでは 、刀の鞘など払う暇がない。

剥き出しの剣を、わら束にハリネズミのように「 植うる」、
すなわち、突き刺しておいて、
刃こぼれした刀を取り替えたという 史実を謳ったものであろうが、

 -鳴きゆく雁の数見せて-
とくれば、次の節を、  

-鵜売る剣に照りそいし-
 と解したのは、
水鳥なら“雁”の次は“鵜”と頭に浮かぶ田舎育ちの少年の性か。


我が幼少期の田舎では、
自家で家禽を絞め、解体するなんぞ当り前。

で、通 して見ると、我流解釈はこうなる。
-秋の陣営で霜の色が見える季節、
(糧秣調達で鳥の鵜を売る商人が)鳴き ゆく雁の数を見せて、
(その数を見ながら、カモの代わりに)鵜を売り、
 (そ れを解体するための)剣に照りそいし-
と、

まあ、これも間違いなりに、
ストーリーになっているとは言えるのかも。


なぜ???なぜ、この様な間違いが起こるのか?

音楽の教科書では、音符の下にひらがなで歌詞を添える。
小中学生のレベル では、漢詩にまがう文語調の歌詞など、
理解する余裕なし。


とにかく、楽譜ど おりに歌うので精一杯で、
意味を理解させるために、
教科書に歌詞だけも載せ ていたのかどうかも、
今では記憶が定かでない。
 
必定、平仮名での我流解釈が 、頭にすり込まれる訳だ。


林古渓作詞・成田為三作曲『浜辺の歌』は少しパターンが違う。 
 この初頭、
-あした浜辺をさまよえば-
の「あした」は「明日」なのか、「朝」なのか。

次のフレーズの「昔のことぞ忍ばるる」の続き具合と、
2番の頭が「ゆうべ」 となっているところを見ると、
まあ、「朝」の解釈が妥当なのだが、
小学生レ ベルで「朝」を「あした」と読ませ、
理解させるのは結構つらい。


このパターンを踏襲すれば、
「明日の朝」を「あしたのあした」と
言っても おかしくはないと思うのだが、
何と、外国語でも
これとそっくりのパターンが 有ると知ったのは地勢学的驚きだ。
 
ドイツ語がまさにそれ。
 
NHKのTVドイ ツ語講座で「明日の朝」を
どう言うかがまともな論議になったとき、

単純には
「Morgen(明日の意)Morgen(朝の意):モルゲン モルゲン」
になり、

まさに日本古来の
「あしたのあした」と瓜二つ。

ゲルマン民族東洋発生説を地 で見る気分だ。  

この2番の第1節がまた面倒なことを書いている。
 -ゆうべ浜辺をもとおれば-。

これは、筆者結構いい歳になるまで、
「浜辺をも 通れば」 と解していたのだが、
どうも音の切れが悪い。

で、辞書を「もとおる」で引いたら、あったのだ。
 「もとお・る【回る・廻る】」  

これを職場の同僚に見せて、
驚きと恥ずかしのカミングアウトをすると、
そ の同僚、 「私、『元 居れば』かと思いました。」 と、
これまた名解釈を下した。

どんどん行こう。

高野達之作詞・岡野貞一作曲『朧月夜』の1番第2フレー ズ。
 -みわたす やまのは かすみふかし-

こう、平仮名で書かれると
「見渡す山野は(ワ)」なのか
「見渡す山の端(ハ )」なのか、
あるいは「山野端」も有り得る、

で、いい歳になって一念発起。

原詩を調べたら「山の端」、
すなわち「ヤマノハ」で確定。


『あおげば尊し』は、
『蛍の光』と共に官製卒業ソングの定番。

 「あおげば」「わが師の恩」で一時、
リベラル派の先生が重圧的・高圧的と 騒ぎ出して、
筆者小学校低学年のときは、
6年生が卒業式の予行演習で歌って いたのを聞いた記憶があるが、
自分の卒業のときは歌ったのかな?だ。

長じて、この歌詞を熟読して仰天。

誤認のオンパレードだ。

正:「はや幾年 (イクトセ)」は「早行くとせ」、
正:「思えば いと疾し(イトトシ)」は 「思えば 愛とし」。

幼少期はもっとひどい。

「身を立て 名をあげ」は、
卒 業生が立って、名をあげる、

すなわち、
「名前を呼ばれたらお立ち下さい」の 世界。

そして校長先生が「やよ 励めよ」と祝辞をくれる。

もう、メチャクチ ャの解釈だ。

意味を完全に理解したときは、
とっくに学校を卒業していた。
 今でも、「別れめ」の「め」の意味がよく分からない。
「分かれ目」でいい のかな?


因みに、『蛍の光』の
「いつしか年もすぎの戸を」の
「すぎ」を、

筆者、小 学校1年のときには
「過ぎ」と「杉」の掛け言葉であることを理解していた。

実際に杉の戸のある旧家に住んでいた者の特権であろう。  

幼いながらに、迷解釈が二転三転した例。
高野辰之作詞・岡野貞一作曲『故 郷(ふるさと)』の冒頭。

当初、字が読めだした頃、
「うさぎおいしかの山」=「兎追い 鹿の山」。
 小学校中学年になって、「兎美味し、かの山」  

だいたい兎なんて、ペットで飼うか、
戦前は軍事用手袋の毛皮や食肉用とし て
農家で飼育されていたことを祖母から聞いていたから、
山で兎を追うなんて 、いかに田舎育ちでも想像できなかった。

野ウサギを狩猟の対象とするのは、
野ウサギが美味しいから?の発想はあった。

長じて、フレンチのジビエ(野禽)料理で兎を食したとき、
この迷解釈も捨 てたものではないことを自認。

「ガスコーニュ産の
野 “ウサギ” の “美味し” いのを
ソテーしたもので・・・云々」

などとギャルソンから講釈を垂れられると、
フ ランスの地図が頭に浮かんで、「ああ、“かの山”か」となる。  


今でも分からないこと。
高野辰之作詞・岡野貞一作曲『紅葉(もみじ)』。

「秋の夕日に照る」のは「山」なのか、「山紅葉」なのか。
 と、暇に任せて調べて行くうち、
実際には歌詞が通常歌われるよりはるかに 数多いのだが、

内容が戦後日本には
そぐわぬものもある(ため、歌われていな いものもある)ことを発見。

その1 文部省唱歌『われは海の子』  7番 

いで大船を乗出して 我は拾わん海の富 
いで軍艦に乗組みて 我は 護らん海の国

その2 作詞不詳 スコットランド民謡『蛍の光』  4番

千島のおくも 沖縄も 
八州のうちの 守りなり 
至らんくにに い さおしく 
つとめよ わがせ つつがなく

2020年6月6日土曜日

目覚めよと呼ぶ声が聞こえ(BWV140:Wachet auf, ruft uns die Stimme(原題:独語))

タイトルであるこれは、
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲のカンタータのひとつで、
この中の第4曲中の 器楽演奏のメロディーなど、
人生で絶対1回は聴くであろうと思われる有名フレーズです。

同名 のゲームソフトもあるらしいですね。
音楽監修は、あのデーモン小暮がしているとかで、
このバ ッハのカンタータの表題をパクるあたり、彼の知性が感じられます。

で、我が芸術情報研究所も、
4月中旬の新コロによる全国緊急事態宣言の影響で被験者公募停 止中、
言わば休眠中ではありますが、
公募による実験に“目覚めよと呼ぶ声が聞こえ”る前から 、
研究所としての活動は雌伏中ながらも進めてまいりました。

その成果として、この度、平面再 生に係るブランドを立上げ、
電気通信機械器具で商標登録を申請しました。

その名も、 香原Fragrance Field 

で、その意味合いを
音響関係超有名ブランド「ドルビー」との対比で示すなら、
(もともと、芸 術情報研究所って何してるの?と聞かれたときの回答として
「日本の『ドルビー研究所』を目指 している」と
うそぶくつもりではいたんですが・・・)

〇芸術情報研究所 ⇔ ドルビー研究所

〇平面再生システム ⇔ ノイズリダクションシステム※1

〇香原Fragrance Fieldシステム ⇔ ドルビーノイズリダクションシステム※2

現在試作機が完成した前後バランサー(特許申請中)も、
香原システム又はフレイグラン スフィールドシステム(の一部)と表現できます。


「香原」の由来について一応申し上げておくと、

その1 春に咲くクチナシの白い花(はて、どこかで聞いたような)、
秋に咲くキンモクセイの 熟成したミカンのような色の花、
ともに高雅ではあるが強烈な芳香を発し、たとえ花が見えな くても、その香りがただようあたりは独特の結界が形成されたような気分になります。

まさに 香りの原っぱです。

わが平面再生システムの影響範囲内にいる人にも、
このような気分になっていただきたい。

そこにいるだけで、音の芳香に浸るような感覚に陥っていただきたい。
これが第一です。



その2 芸術情報研究所原分室の春先の朝は、近傍も含め、
全面の新緑と、植物の出す、いい意 味での独特の青臭さに包まれます。

この時期の新緑の風景は相当に鮮烈な印象を与えます。

落 ち込んでいても、これを見ると、
自然の持つ強烈な生への息吹をストレートに肌で感じ、
とに かく動こう、前に進もうという気にさせられます。
自然の持つ底力を感じるときです。
三木町 の山奥に住む、
かつての同僚が同じことを口にしたことがあって、
「うわっ、こいつ、分かっ てる!」と心中で叫んだことがあります。

春の香りに包まれた原の地、あるいは春の高原は、
それほどに強烈なインパクトを与えるのです。 


平面再生システムもかくありたい。
ごく自然に、高原でもなく、香源でもない、
香原の2字 が浮かんできました。



その3 香川の原、すなわち原分室の所在地、
香川県高松市牟礼町原は、平面再生システム発祥 の地。

香川県内では他に原という大字を持つ土地は無く、
香川の原で検索すると、高松市牟礼 町原しか出てきません。

いずれは、「こうげん」で変換すると「香原」が一番に出て、
検索す ると「芸術情報研究所の持つ音響ブランド」が
出る意気込みで行きたいですね。   

因みに、「芸術情報研究所」は知財に関する登録はしていませんが、
今のところ競合する団体 は無いようです。ネットの世界では、「芸術情報研究所」と言えば、まさに香川の原にある研 究団体で認知されているようです。 


その4 夢は広く大きく、香原は中国・韓国向け、
Fragrance Fieldは西欧向けブランド名と位 置付けました。

まあ、これも地勢学の成果でしょう。
因みに、中国語普通話読みでは香原はシ ャンユエンとなります。   


恐れ多くも、ブランド名を香原Fragrance Fieldなどと付けた限りは、
名に恥じぬ活動及び 成果を出して行かねばと、社会的責任すら感じます。
まさに、身の引き締まる思いです。

これか らも皆様、香原Fragrance Fieldシステムの未来に、
厚いご支援とご協力をお願い申し上げま す。



※1: Noise reduction System
※2: Dolby Noise reduction System
ドルビー研究所 は、カセットテープ全盛の1970年代、
再生時に発生する「シャーシャー」というテープヒス ノイズを減衰させる
ノイズリダクションシステムを開発し、大ヒット。
高級カセットデッキ には、このシステムを作動させるボタンが付いていました。
ただし、このシステムを作動さ せると
原音が歪むというデメリットもあったあたりは、
原音をわざと歪ませる平面再生シス テムと似ています。














2020年5月4日月曜日

ポーの呪縛:日米中新コロ治療薬三国志

4月18日付けで掲載した 「エドガー・アラン・ポーの恐るべき先見性」の
延長上にあるとしか思えない事態が発生した。

米食品医療品局(FDA)が
新コロの治療候補薬「レムデシビル」の 緊急使用を
5月1日付で許可。 

それを受けて米国の51番目の州日本は、
早々に必要な政令改正を持ち回り閣議で決定。

開発会社からの申請さえあれば
1週間程度で特例承認という異例の歓待ぶりだ。

もともとレムデシビルは、
180年も前にポーが“創作”した「赤死病」とそっくりの
エボラ出血熱の治療薬として、
米国の製薬会社ギリアド・サイエンシーズ社が開発したものだ。

劇症に対抗するには劇薬で、
と言わんばかりの 副作用もきつい薬で、
極論すれば、
死ななきゃいいんだろ、生きてさえいりゃいいんだろ、
的発想で開発された薬と言えなくもない。

素人ながらも筆者、
どうせ確固たる治療薬がないんなら、同じウィルス対抗薬、
一か八かでこれを投与するやつも出てくるだろうなと思っていたら、
出たのである。

この病気が中国から世界に飛散した比較的初期の頃、
タイの医師がHIV治療薬ではあるが、 これをやって劇効した例が発表され、
まあ、極論すれば
死ぬしかない運命にあった年配女性がピンピンに生き返り、
介助なしの自力で病院を出る姿が報道されたりしたから、注目はしていた。
 
では、日本政府ご推奨、
臨床試験も開始されたアビガンはどうなったのか。 

アビガンは元々富山化学工業が開発した
インフルエンザ治療薬である。 

この会社をフジフィルム(ホールディングス)が買収・子会社化し、
2014年に製造・販売承認が出たときには、
宣伝効果を見込んで「フジフィルム開発の」という枕詞で流布されたから、 
アビガンが新コロ対策治験薬として名指しされた頃から、
こりゃ、フジフィルム株暴騰だな、と下衆の勘ぐりをしたものだ。

時流は一時、アビガンに味方した。
新コロ発生の地、中国が先行して治療薬として承認したのだ。

しかし、それからがいけなかった。

これは多分に中国をライバル視、 というより敵視するアメリカの
マスコミの情報操作・歪曲も あるのではないかと思われるのだが、
アビガンは中国の臨床使用のデータ分析の結果、
思ったほどの劇的改善効果はなかったと報道され始めたのだ。

ドサクサで、客観的にまともなデータが取れなかった
中国側の事情もあるとは思うが、
新コロの母国で、
それなりに押さえ込みに成功した実績のある中国と、
アビガンの母国日本が蜜月になられてはたまらん、
というアメリカの腹の内が透けて見える。


アビガンからレムデシビルへの重心移動は、 
アメリカでポーにより空想された病の類似病の退治はアメリカの薬で、 
と、筆者にはポーの呪縛に導かれて、 どこかで異常な引力が発生し、
成された業に思えてならない。 

そして、治療薬販売の権益もアメリカが独占したいという、
アメリカの薬剤帝国主義が、
それなりに効果があるかもしれない他国発の
薬を排除しかねないという危惧を感じる。















ところで、既存の薬で、
新 コロ治療薬として名が上がっていたのは、
筆者の知るところでは、
上記2薬の他に オルベスコとカレトラがある。

オルベスコは元々、喘息治療薬として開発されたもので、
肺の機能の極度の低下が重篤化を招く新コロとは、
肺つながりの縁だ。 一方のカレトラはHIVすなわちエイズ対策薬。

それがHIVウィルスを直接攻撃する薬なのか、
症状緩和薬なのかはよく知らないが、
どちらもアビガン、 それに続くレムデシビル台頭で
かすんでしまった感がある。

薬剤というのは、並行投与、すなわち組合せの妙というのもあり、
本来なら臨床試験で長い年月をかけてそれを試すものだが、
今回の場合、そんな悠長なことは言っていられない。 一品勝負に近い。

薬剤を通じた覇権争いが、 患者のこと、
あるいはその意思そっちのけで 展開されるとしたら、怖い。

 

2020年4月19日日曜日

新コロ

香川では、丸亀の40代女性が新たに感染判明。
感染経路を確認中との事。

こうやって一桁レベルの報道なら
怖さを実感できるのですが
東京の様に日々100人単位となると怖さの実感が湧きませんね。

みんなでかかれば怖くない的発想に
なりそうなのが怖いです。

【LIVE】大阪 道頓堀 ライブカメラ

2020年4月18日土曜日

エドガー・アラン・ポーの恐るべき先見性 -怪奇小説『赤死病の仮面(The Masque of the Red Death)』は現実のものとなった!-

アメリカのホラー小説家
エドガー・アラン・ポー(1809~1849)を
ご存知であろうか。

名 探偵明智小五郎と少年探偵団の生みの親、
江戸川乱歩という筆名は、
この人の名前をパクっ たというか、もじったものとして有名だ。

作品は怪奇小説といいながら、単純な筋立てで話が進んでいくか ら、
英コナン・ドイルのシャーロック・ホームズと共に、
少年少女文学全集の常連だろう。

この人の代表作のひとつに『赤死病の仮面』がある。

ウィキぺディアに
うまくダイジェス トしたのがあるから引用すると、
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ある国で「赤死病」という疫病が広まり、長い間人々を苦しめていた。

ひとたびその病にかかると、眩 暈が起こり、体中が痛み始め、
発症から三十分も経たないうちに体中から血が溢れ出して死に至る。

しかし国王プロスペローは、臣下の大半がこの病にかかって死ぬと、
残った臣下や友人を引き連れて城 砦の奥に立てこもり、
疫病が入り込まないよう厳重に通路を封じてしまった。

城外で病が猛威を 振るうのをよそに、
王は友人たちとともに饗宴にふけり、やがて5、6ヶ月もたつと
そこで仮面舞踏会を開く ことを思い立った。

舞踏会の会場となる部屋は奇妙なつくりをしており、
7つの部屋が続きの間として不規 則につながり、
またそれぞれの部屋はあるものは青、
あるものは緑という風に壁一面が一色に塗られ、
窓にはめ込まれたステンドグラスも同じ色をしていた。

ただ最も奥にある黒い部屋だけは例外で、
ここだ けは壁の色と違いステンドグラスは赤く、
その不気味な部屋にまで足を踏み入れようとするものはいな かった。

舞踏会は深夜まで続き、
黒い部屋に据えられた黒檀の時計が12時を知らせると、
人々はある奇妙な仮 装をした人物が
舞踏会に紛れ込んでいることに気がついた。

その人物は全身に死装束をまとい、
仮面は 死後硬直を模した不気味なものであり、
しかもあろうことか赤死病の症状を模して、
 仮面にも衣装にも赤 い斑点がいくつも付けられていた。

この仮装に怒り狂った王はこの謎の人物を追いたて、
黒い部屋まで 追い詰めると短剣を衝き立てようとするが、
振り返ったその人物と対峙した途端、絨毯に倒れこみ死んで しまう。

そして参会者たちが勇気を振起し、
その人物の仮装を剥ぎ取ってみると、
その下には何ら実体が 存在していなかった。

この瞬間、赤死病が場内に入り込んでいることが判明し、
参会者たちは一 人、また一人と赤死病にかかって倒れていった。
 ======================

 














この小説が発表された1842年当時は、
赤死病 (Red Death)という病気はない。
いわば架 空の伝染病で、ペスト、別名黒死病(Black Death)を
もじって命名したものと思われる。

1970年代に初めて発見され、
その後散発的にアフリカで大流行している
エボラ出血熱の症 状とそっくりなのが何ともすごい。

エボラに感染すると、口鼻、
一説には体の上から下 まで穴という穴から
出血して死に至るというから、赤死病そのものだ。

ポー本人は、ホラー 小説的に、
讃岐流に言えば“むつごい”表現で書いたのであろうが、
現実がそれを後追いし ている。

ただ、エボラの場合、潜伏期間が極端に短いのと、
致死率が50%を大幅に上回る。

患者が周囲に病原菌を撒き散らし、伝染させる前に死んでしまうため、
世界的流行にま では至っていない。

問題は新コロだ。
「疫病が入り込まないよう厳重に通路を封じてしまった。」
というのは 、これはまさに、中国の武漢あたりスタートのやり方である。

だが、潜伏期間が余りに長いのと、
健 常者というよりも健丈者にも感染するが、
発病しない人もいるという特性のため、保菌者が 病原体を撒き散らす。

その結果、病が場内に入り込んでいることが判明したときは、
時すで に遅し、病原体はすでに撒き散らされ、
参会者たちは一人、また一人と病にかかって倒れて いった、となる訳だ。

いやはや、すさまじい先見性である。
いや、予言者と言ってもいいだ ろう。


ところで、この人の代表作のように言われているのが
「黒猫(The Black Cat)」だ。

この 作品を幼い頃に初めて読んだときから、
いい歳の大人になるまで抱いていた疑問。

殺した ヨメさんの死体を隠すために壁に塗り込めるのは分かるとして、
憎悪する黒猫をそのヨメさ んの死体の頭上に生きたまま塗り込めるというのは、
殺し方としてはどうも腑に落ちなかっ た。

殺してから埋め込むのならわかるのだが、
生きたまま埋め込むのが動物虐待的で、
動物 愛護精神にうるさい西欧式思考からすると衝撃が大きいからか。
ならもっと酷い殺し方もあ ろうに・・・で、30年が過ぎた。

その行動の裏に、
余り大きい声で言えない英国流の慣習が潜んでいることが判明した。

2000年平成12年夏から約1年間、
朝日新聞に連載された村田喜代子氏(この人本人に仕事 で会ったことがあり、そ
の縁で連載は一通り読んだ。)の小説『人が見たら蛙に化(な)れ』を 読んだ結果だ。

この小説の終盤で、
文化財の盗掘屋であったか贓物故買い屋の骨董商であっ たかが、
英国ロンドン塔を訪ねる場面があったのだが、
ここで、日本には無い、余り気味の 良くない慣習が語られた。

曰く、日本や中国なら人柱を立てるように、
あちらでは新築の家 の壁に生きた猫を塗りこめる。
それも黒猫がいい、という何とも不気味な慣習があるという のだ。

これで、積年の謎が解けた。

英国流を受継ぐアメリカの東岸ボストンに生まれ、ボ
ルチモ アで没したポーの周辺には、
こうした英国流慣習が、良いことも悪いことも渦巻いていたの だろう。

その悪い慣習の一端を小説に潜り込ませたのであろうが、
この慣習を知るか知らな いか、
で小説の不気味さというよりも有難味が半減してしまう。

翻訳者は注釈を付けてでも 、
この慣習を読者に教え込むべきなのだ。

それに依って、なぜ黒猫が生きたまま塗り込めら れたかがはっきりする。

小説の主人公は、新築家屋における英国流慣習を淡々と実現すると ともに、
妻を死に至らしめた、いさかいの原因たる黒猫を目の前から消し去った。
言 ってみれば一石二鳥である。

まこと、文化にまつわる慣習というのは奥深いものだ。
良くも 悪くも。
こういうことを明るみに出していくのも、地勢学の真骨頂だろう。

こうなってくると、徳島の感染者数3名固定は見事としか言いようがありません。

こういう状況ではマスコミは県内の感染に関する情報優先で、
他県の感染状況は二の次。
県境に情報の壁ができたようなもんです。

全国の感染状況なんて、わざわざサイトを見ないと分からないんですから。
で、1名固定の鳥取と3名固定の徳島なんて、もう神業ですね。

徳島なんて、四国ではトップで感染者が出たのに、です。

香川では、40代男性家族。
一度陰性判定を受けながら発病。
もう、何を信用したらええんや、です。

一方、東かがわ市では感染経路の分からない50代男性が発病。
要するに東讃地域は、健丈な保菌者が在住する可能性の高い
汚染地域になったようなもんです。

実験はしばらく中止。

まあ、平面再生システムの開発は、新コロを凌駕する重要性がある。
だから感染の可能性を押して研究 と言えは注目する人は注目するかも、ですが。

2020年4月8日水曜日

NHK高松放送局にいた鈴木桂一郎さんというアナウンサーからDMが届きました

昭和50年代前半にNHK高松放送局にいた
鈴木桂一郎さんというアナウンサーからDMが来て、
かつて局でアルバイトしたことのある私に、
当時の音楽シーンはこれ、のディスコサウンドのリクエストとコメント、
高松の思い出絡みで瀬戸大橋のことを書いて欲しいと依頼があり、
そこそこの量の雑文を送りました。

今朝9時5分から11時50分までNHK・AM第一です。
緊急事態宣言全国化で番組は流動化するとは思いますが、
私は公休で病院通いもない日なので、
一応、ラジオにかじり付いていようと思います。

原稿は手元にあるので、どこが読まれたかは、
注意して聞いていれば、
ある程度、放送された内容は特定できると思われはします。

2020年2月28日金曜日

国歌は国家なり

 以下は中国(中華人民共和国)国歌である。
ただし、原曲は簡体字で書かれてあるが、日本語漢字に翻案してある。

『起来!不願做奴隷的人們!
 把我們的血肉、築成我們新的長城!
 中華民族到了最危険的時候、
 毎個人被迫着発出最後的吼声。
 起来!起来!起来!
 我們万衆一心、
 冒着敵陣的炮火、前身!
 冒着敵人的炮火、前進!
 前進!前進!進!』


この3行目をご覧いただきたい。
抜き出して分かり易いように分かち書きすると、
「中華民族 到了 最危険的時候、」
原語では、
「チュウカミンズ タオラ ツイウェイシャンダシホウ」
と歌われるが、これはもう、今の中国そのものではないか!!!

 2020年2月24日(月)四国新聞2面
リード
「習氏『建国以来で最も困難な事件』」
本文
「・・・習近平国家主席は23日に開いた会議で
「建国以来、最も困難な公衆衛生の事件だ」
との見解を示し、対応を強化するよう指示した。・・・」

国歌の後追いで国家が動いている。
 ついでに言うなら、その上の2行目、
「把我們的血肉、築成我們新的長城!」
も、今の世相からするとギョッとさせられる。


「把」は日本語には無い漢字で、「~しようではないか!」くらいの意味だ。
日本語に訳せば、
「我らの血肉で、我らの新たな長城を築こうではないか!」

これは、万里の長城築城の際、酷使に倒れた労働者や人柱にされた人々が、
あたかも土木資材の如く長城の内部に埋められた

という史実を思い出させられる内容だが、
今のご時世、新型肺炎に倒れて亡くなった多くの患者の遺体は

どうしているんだろうと思わず勘ぐってしまう。

「国歌は国家なり」という新たな格言ができそうだ。

 では、我らが日本国の国歌はどうか。
『千代に八千代に、
さざれ石の(地殻変動で地中で押し固められて)巌となりて、
(それが地表に出てきて風化されて)苔のむすまで』
と、
短くも長々しい意味を含んだ歌詞だ。

地学・地球物理学的にも合っていて、実に科学的な含蓄が有る。
これだけネバく、しぶとく日本国家は存続し続けるというのなら、
そこに生きる我々としては、
新型肺炎に打ち勝って、

悠久の時を刻むことができるであろうというおまじないの文句として、
今こそ国民一丸となって歌おうではないか
。



   

2020年2月22日土曜日

芸術情報研究所の課外活動

芸術情報研究所・近藤です。
明日23日13:30
県民ホール小ホール集合現地実験の最終留意
事項です。

1 駐車場
ホール北側の県営駐車場は料金が高い上に、
早めに行かないと混み合います。(区画数は十分に有りますが。)
ホール東側に何箇所か500円で一日置き放題のチケットパークが有ります。
早めに行って、こちらを狙う方がお得です。

2 演奏時間
前半のドボルザーク・チェロ協奏曲は約40分、
後半のブルックナー交響曲4番は皆様ご存知のとおり1時間超です。
そこで、
 ① 前半、後半ともに中途退場はできません。
必ず、トイレには行っておいて下さい。
 ② どちらの曲も楽章の間の切れ目がありますが、
このときは曲は終わっていないので拍手はしないのが原則です。
で、このときにぜひお願いしたいのは
  Ⅰ せきをするならこのときに
  Ⅱ のどあめを口に入れるならこのときに

3 咳の問題
これは必ずと言っていいほど年配女性なんですが、咳が出そうになると曲の途中
でもかまわずビニールのガサガサ音を立ててのど飴を口に入れる人がいます。
この音は、マイク・PAを使わないナマ演奏が原則のクラシックでは
本人が思っているよりも相当に周囲にはうるさいです。まさに迷惑行為です。

それよりは、遠慮がちにでもせきをする方がましです。
現に、クラシックのライブ録音では曲の途中に咳が入っているのはいくらでもあります。気にすることはありません。

また、クラシックのコンサートが初めての人は、ハンで押したように、
咳がうるさく聞こえたと言いますが、自然現象と思って慣れればこれは
何ともありません。それよりも楽章の間の拍手とか、のど飴のガサガサ音、
最悪(と言うより、あってはならないことの最たるものですが)幼児の叫び声のほうが
はるかにうるさいです。
これがマイク・PAを使うポピュラー曲との大きな違いでもあります。

4 居眠りは問題なしですが、いびきはご勘弁を、です。
私でもこれは自分自身が結構こわい。自分では分かりませんから。
もしいびきをかき出したら、起こして下さい。

次に実験としてこれに注意して視聴し欲しいという点を列挙しておきます。
詳細は明日会場で申し上げます。

5 コントラバス(ウッドベース)の音
コントラバスを数本並べるオーケストラのナマの低音は、
わが自慢のシステムでも再生し難いものがあります。

6 第一ヴァイオリンが優劣を分ける。
ボウイング(弓使い)の統一性、有って欲しくないことですが
チューニングが揃っていないときのネコの叫びを聴くような不快感。
視覚的にも影響が大きいパートです。

7 ティンパニの音
これは、奏法、音質によっては曲のイメージが、がらりと変わります。


留意事項
曲が(完全に、指揮者が腕を下ろして以降)終わって高揚したときに出す
ブラボーのことを知っておいて下さい。
ブラボーはもともとイタリア語で「ブラーボ」と発音するのが正解ですが、
フランス人は「ブラボー」と発音するのを何度か経験しました。

これはどちらが正解とも言えないのですが、共通する留意点として、
男性単独に向ける場合は、「ブラーボ」
女性単独に向ける場合は、「ブラーバ」
これは、マリオとマリアの違いと思えば覚えやすいです。

複数の場合がややこしい。
男性が1人でもいる場合の複数に向けては「ブラービ」
女性ばかりの複数に向けては「ブラーベ」

で、今回の前半ドボルザークのチェロ協奏曲の場合
チェロのソリスト宮田大に対してする場合は「ブラーボ」
指揮者は女性ですから「ブラーバ」
オーケストラ又は出演者全員に対して出す場合は「ブラービ」となります。

通がこれをどう使い分けて出すかは結構面白い見ものですね。

さらに最上級のワザとして、
アンコールを求める場合
「アンコール」と叫ぶよりも
「ビス ビス(bis bis)」
と叫ぶのが王道らしいです。

これはフランス語の辞書にも載っていました。
前半のチェロのソリスト宮田大は、これに応えて興が乗れば1曲くらいはアンコール
をやる可能性大です。これをやらせるのも通のワザでしょうね。

以上、お読みいただきありがとうございました。
当日も、チケット配布時又は着席後口頭で留意事項は申し上げます。

2019年8月21日水曜日

恨五百年(ハノベニョン)

「恨五百年」は韓国の民謡で、
歌詞は、去っていった恋人を恨む恋歌的様相を帯びた歌詞だが、
さて、ここでこの題の「恨五百年」の意味を地勢学的に分析することから始めよう。

「恨五百年」はハングル訳で切り読みすると
恨(ハン)五(オ)百(ペク)年(ニョン)。

これをハングル特有の連音化
(悪名高きフランス語のリエゾンと同じで、元の単語が全く分からなくなる。)により、
恨で切ってハン オべニョンと読んだり、
まるまる連音化してハノベニョンと読んだりするが、
意味は読んで字のごとく「恨み五百年」だ。

問題はこの「五百年」。
何で500年なのか。

(約500年続いた)李氏朝鮮に滅ぼされた高麗臣民の恨み節とか、
もっと深読みして眼光紙背に徹するなら、
悪く言えば、何でも日本への恨みにしたがる朝鮮半島の性癖を斟酌すれば、
1592年文禄の役、1596年慶長の役による豊臣秀吉への恨み、
ひいては日本人への恨みは500年続くと裏読みする人もいる。

「韓国」をハングル読みするとハングクだが、
韓国人はハンを読み替えて「恨国」と言ってはばからない。
韓国人民の国民性の行き着くところは、
恨み根性の国なのだ。

無理もないとは思う。

朝鮮半島の歴史は、北というか、
上からは中国漢族・満州族の重さに押しつぶされ、
南すなわち下からは、
すきあらば大陸に足場を作りたい日本が刃を突き上げて来る。

任那の日本府から始まって和寇、
秀吉の朝鮮出兵、そして近代日本の韓国併合。
恨み心を抱かない方がおかしいとすら言える。


朝鮮半島は上下の圧力に潰され続けたことの歴史だが、
それでは左右の圧力に潰されてても潰されても
しぶとく生き残った東欧はどうだろう。

すき有らば左の頬はドイツ・オーストリアに張り飛ばされ、
反す勢いで右頬はロシアや旧ソ連に張り飛ばされたポーランドの歴史など、
目も当てられない。

それでも、陸続きであるがゆえに、
ときの権力者の圧力に迎合していないと、民族の存続すら危うい。

「恨み」はあれども、それを表に出しては生きて行けない。
ときの権力者との融和によって
かろうじて民族として生き延びた国家は東欧に多数存在する。


それに比べると、韓国の恨みの表出の仕方は執拗だ。

 (もっとも、東欧になると、ウクライナやバルカン諸国のように、
「恨み」を飛び越えて、いきなり紛争・戦争に突入した、
ある意味短絡的な国家も有るから、それよりはマシかもしれないが、)

日本を含む世界のあちこちに慰安婦像を置き、
訴訟を起こして日本の古傷を掘り起こし、
賠償金をせしめようとする。

この問題については
改めて国際法・国内法的観点から論理的に考察する場を設けるとして、

ここでその精神の分析のために登場ねがうのは、
中国と韓国に共通する挨拶、
「ご飯食べましたか?」だ。

中国で「チーファンラマ?」、
韓国で「パンモゴッソヨ?」がそれだ。

ファン及びパンは漢字で書くと「飯」、
「食べ」に相当するのが「(中)チー」「(韓)モゴ」、
「ました」は「(中)ラ」「(韓)ッソ」、
 「~か?」は「(中)マ?」「(韓)ヨ?」となる。
 
韓国など、親しい人への挨拶の場合はもっと執拗で、
「そうか。食べたか。で、何食った?」
「そうか、それは良かったな!」まで挨拶として言うらしいから、
「武士は食わねど高楊枝」的精神の残る日本ではまず考えられない。

あり得るシチュエーションとしては、
たまたま昼食時に知り合いに出会ったときに、
「もうメシ食ったのか?」
「まだか。それじゃあ、どこかで一緒にどうだい?」的には使うかもしれないが、
 時と場所を選ばず
「ご飯食べましたか?」など、到底考えられない。



余談ではあるが、これは時と場合によっては、
文化摩擦をおこすことがある。

筆者が初めて海外に出た1978年8月のパリ。

腹をへらせて行列のできる下町のレストランに並んでいたとき、
店内にいた、
(今考えれば、目じりのつり上がったあれは
典型的漢民族の華僑ではなかったかと思うのだが、)

恰幅のいいスーツを着た
食事中のはげたオヤジが、
たどたどしい日本語で「ゴハン、タベマシタカ」と私に向かって叫んだのだ。


これは、「チーファンラマ?」を単純に日本語に約したもので、
本人は軽い挨拶のつもりで言ったのであろうが、
当時の私には知る由もない。

こちらとしたら、

「食べてないからこうして腹を空かせて並んでいるんじゃねえかよ。
バカにしやがって!」
と内心沸々と不快感が涌いてきた。


適当に笑顔で答えはしたが、この状況での「ゴハン、タベマシタカ」が
まともな挨拶と分かったのは1989年、
北京に語学留学に行っていたかつての仕事仲間が、
あちらでは、ほんの挨拶として
「チーファンラマ?」を使うと教えてくれたときで、
実に10年が過ぎていた。


中国や朝鮮半島の歴史をひも解くと、
戦乱に次ぐ戦乱や天候不順による飢饉が頻発し、
人民が食うや食わずの難民状態になったことが頻繁にあったらしい。

韓国など、農地を奪われて山に入り、
焼畑農業でかろうじて生き延びた
「火田民(かでんみん)」もいたというから、
まさに食うや食わずは当り前。

ご飯を食べられたら万々歳で、
「ご飯食べましたか?」というより
「ご飯何とか食べられてますか?」
 と言う方が正しいのでは、と思うくらいだ。


こんな状態だから、
毎日が「恨み」の日々であったことは想像に難くない。

さらに、人がいい目をしていると、
ねたみの心もわいてくる。

実際、韓国の「恨(ハン)」には
妬みの意味も込められているということは定説だ。


韓国や中国の製品には手抜き製品が多いことは、
最近では子どもでも知っている。

かつて韓国で高度成長が始まった時期、
インフラ整備を進めたのはいいが、
手抜き工事が横行し、
その果ては、河川にかかる巨大な橋が崩れ落ちて、
多数の犠牲者が出るという惨事も起きた。


ところが、日本が統治時代に(韓国人を徴用したかどうかは別として、)
建設したインフラは一向に壊れない。

日本なら、こんな事態ともなれば発奮し、
負けず劣らずいいものを作ると意気込むであろうが、
韓国では当時、自分たちのやったことは棚に上げて、
日本人の作った、
いつまでも壊れないインフラがねたみの元になったというから、
もはや救いようが無い。

その挙句、戦後も壊れずに
韓国政府に使われていた日本統治時代の朝鮮総督府の建物が、
ねたみの槍玉の象徴にされ、爆破・撤去されたのだから、
ベクトルの向きがおかしいとしか言いようがない。
 
このおかしなベクトルが、
慰安婦像問題や関税問題を巻き込み、
韓国の外交や経済を狂わせようとしている。






2019年6月9日日曜日

4月以降、信じられないことが起こり続けている私自身の体のこと についてお伝えしておきます。  

足の方は、3月20日左太ももの皮膚を全身麻酔で左足踵患部に移植。

3月25日にはギプスをはずし、
メッシュ状に移植した皮膚の癒着を確認。

3月末には退院と相成ったのですが、
4月中旬には再発が確認され、移植した皮膚はどこへやら行ってしまい、
以前と同じ状態に。

5月10日の連休明けには、ついに主治医が

「やることは全てやった。
今の医学では手の打ちようがない状況だ。」

と、ギブアップ宣言。


医大病院(の地域連携受付)や
博士号を持った医師が2人いるという市内の皮膚科に
セカンドオピニオンを求めたのですが、
両方とも、日赤でそこまでやっているなら答えは同じ、という状況でした。  


こちらもこれは覚悟していたことで
「それでは、鎮痛剤の経口投与のみにして、
抗生物質は絶ってしまい、自己免疫のみでどうなるか試してみたい」
と主治医に言うと、

主治医も同意し、以後は鎮痛剤と、
漢方薬局に相談して飲用を勧められた
「白花蛇舌草」という漢方薬でしのいでいます。  





6月4日には済生会病院で恒例の人間ドックに入ったのですが、
強烈なショックを受けたのが次の2点。


 1.左目の白内障がどうしようもなく悪化し、
視力検査器具では左は真っ白にしか見えませんでした。

想定内とは言え、かなりショックでした。

健診医の女医に、
「白内障手術を優先すべきでは。
足の再感染を恐れて手術を先延ばしにしていたら、
ますます白内障が悪化するのでは?」
と問うと、

所詮は内科医。
「主治医に相談してくれ」で終わり。

ただ、
「菌が全身に回らなくて本当に良かったですねえ」
と看護師と二人して
「良かった、良かった。」
を連発するのには往生しました。



2.昨年までコレステロール、GPT、GOT、血糖等
血液検査の数値が年々悪化し、
昨年は数値欄が警告だらけの真っ赤だったのが、
今年は全部数値が下がり、ほとんど安全圏の状態に。

これも、「良かった、良かった」を通り越して
「すごい!」とまで言われたのには閉口しました。

足の痛みと
白内障のことを考えたら、
何が「すごい」どころか全て相殺して余りある悲惨さです。  

踵の痛さの関係で、
夜遊び、飲食店のハシゴ、遠出等は控え、
極力早く家に帰って休むことが多かったので、
運動不足で数値が増々悪化することを危惧していたのですが、
全くの逆になったことに唖然。

確かに、過食する機会は減ったし、
歩くこと自体に通常以上の負荷がかかっているし、
体が細菌と日々戦うのにそれなりのエネルギーを消費しているのでは、
と思わされるときもあります。





とにかく、左目と左踵の二重苦にさいなまれつつも、
芸術情報研究所サイトの今年の抱負に描いた目標を達成するため、
動いています。

2019年2月1日金曜日

年頭の挨拶に代えて ~オーディオの歴史をひもといた中での平面再生の立ち位置

年頭の挨拶というには遅すぎの感がありますが、
新年に入って現在までの芸術情報研究所の
特にオーディオに関する研究成果と今後の方向性について
堀尾研究員の奨揚もあり、オーディオの歴史をひも解きつつ、
じっくりと考察してみました。  


世間に出るや否や、捉えられることもなくその場で消えていく「音」
というバケモノを初めて再生可能にした、

要するに人間が手に持てるモノの形に変えたのが、
1877年にエジソンが発明したフォノグラムです。

もちろんモノラル録音でしたが、次に人間が欲を出したのは
現実の世界で起こる音の左右の広がりを再現すること。

すなわち、ステレオフォニックへの欲求です。  


















フランスでオペラの舞台上の音を左右2方向からマイクで拾い
それを離れた場所まで2本の独立した回線で送り
左で拾った音は左の耳に、右で拾った音は右の耳に、
という具合に電話でステレオ実況ナマ中継をしたのが1881年。

この流れを汲んでFM放送が開始されるよりずっと前、
NHKのAMラジオでは第1総合放送で左、第2教育放送で右を流し、
2台のラジオでステレオ感を味わう放送をしていたといいます。

さすがに筆者はこの時代は知りませんが、
これを録音するというレベルに達したのは意外に早く、1930年代。

その録音方法というのが
レコードの溝の左右に左右の音を別々にカッティングするという、
まさに現在も使われている手法です。

実はこの左右2チャンネル音の再生というオーディオの王道の途中、
1970年代に4チャンネルというあだ花が咲いたことがありました。

要するに視聴者の前に2本スピーカーを置いて前方左右再生、
後にも2本スピーカーを置いて後方左右再生という方式で、
当時の4チャンネルの宣伝文句が
「あなたは、オーケストラの中にいるような感覚を味わえる。」

今考えれば非現実的音響再生の最たるものですが
我が家も時代の波に乗って、
1974年にはテクニクスから出たモジュラー型の
4チャンネルステレオを買いました。

この4チャンネル、今考えると、大きく二つの方式に分けられました。

ひとつは日本ビクター開発のCD-4を代表とした
ディスクリート4チャンネル方式。

前方左右、後方左右で録音し
前方左右2チャンネルのそれぞれの可聴音域の上に、
30キロヘルツ超くらいの人間が聞こえない周波数帯で
FM変調した後方左右の音を乗せてカッティングし、

再生時は、前方左右可聴音域通常再生プラスFM変調していた
後方左右の音を可聴音域に変換して、
視聴者後方左右のスピーカーで再生するという、
なかなか高度なワザです。
 



もうひとつが、CBS・ソニーが旗揚げのSQマトリクス方式とか、
RM(レギュラーマトリクス)とかのマトリクス方式4チャンネル。

4チャンネルで録音したソースをカッティングの段階で2チャネルに直し、
再生段階で4チャンネルに直すという、
筆者には今でもよく理解できない方式なのですが、
CD-4と比べると後方分離は悪かったのは記憶にあります。

この4チャンネル方式が細々と生き残って現在に至っているのが
5.1とか7.1とかのサラウンド方式と筆者は理解しています。

いずれの方式にせよ、この方式には人間の生理から考えると
決定的な欠陥が有ります。

すなわち、人間は後方からの音に極端に
恐怖又はそれに起因した疲れを感じることです。

無理もありません。

人間の目は前しか向いていませんから
後方からの危険の来襲に関しては、まず音で感じて
あわてて首を回して目で危険を確認する、
というプロセスがあります。

基本的には、人間の聴覚では
後方からの音はまず危険な音と推定する、
という本能がDNAに組み込まれて
現在に至っていると筆者は考えています。

結果として、後方からの音は精神的に疲れるのです。




結局、4チャンネルは聴くと短時間で疲れと飽きがくることを
筆者は10代で悟り、原点に帰って2チャンネルで聞いていました。

映画館でサラウンド方式採用の映画を見ると
後方からギイィーという扉が開く音がしたり、
ジェット機の音や弾丸の音が後から前に飛んだりすると
かなりギクッとします。

1回や2回ならスリリングでいいですが
それ以上やられると視聴者はかなり神経をすり減らし、
最後はヘトヘトに疲れます。

こんなのでは、商業ベースには乗りません。
しかしながらです。オーケストラの前と後で分けて録音したCD-4の発想で、
それをそのまま前後とも視聴者の前方に持って行って再生したら、
より舞台上のオーケストラの音に近づくのではないでしょうか。

我が家にあったテクニクスの4チャンネルステレオでは、
4チャンネルバランサーの名のもと、球の上に軸を付け、
これを前後左右に動かすことで
前後左右のスピーカーの音量を自由に調節できる機能が、
アンプのフロントパネルに付いていました。
いい発想じゃないですか。

70年代の4チャンネルは
視聴者がオーケストラの真ん中にいる感覚を楽しむ、
など、ナンセンス極まりない発想で売り出しましたが
システムを全部前に持って行って平面再生化、
あるときは後方のパーカッションを強調し
あるときは前方のヴァイオリンを強調する。

これをバランサーの軸1本でできれば結構面白い。
平面再生でのポイントはこのへんにあります。




左右のバランスは、
アンプのフロント面にある左右バランスつまみで自由に変えられますが、
現在筆者がやっている前後別々のアンプによる
前後の音のバランス調整というのは非常に煩雑です。

アンプの違い、スピーカーの違いにより
好みの音響空間を構築するために
前後それぞれのアンプのボリュームツマミを動かして
最適音量にするにはかなりの熟練がいります。

もっといいポジションがあるのではないかと、
相当に試行錯誤します。

これが楽にできないか。
このへんが今年のひとつの焦点になりそうです。

2018年11月29日木曜日

鑑賞履歴

最近、足を運んだ公演を備忘も兼ねて表にしました。

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2018年10月21日日曜日

2018年11月の実験協力者募集

現在、芸術情報研究所では
実験に参加してくださる方を募集しております。
詳しくは下記をお読みいただけると幸いです。

▼実験の様子



【 募集の目的 】
『スピーカ配置の違いが音楽聴取者の心地よさにどのような影響を及ぼすのか』を
実験的に検証する目的で、以下の実験にご協力していただける方を募集しております。

【 実験名 】
音楽鑑賞時の脳波計測実験

※現在の使用楽曲はワーグナー / タンホイザー序曲です。
※基本、同じ楽曲で1回だけの実験です。
ただし、継続して実験をお願いする場合もございます。

【 募集人数 】
毎回1名

【 実験日時 】 

2018年
・11月7日(水) 18時~20時/定員につき受付終了

・11月13日(火) 18時~20時/募集締切:11月11日(日)
・11月14日(水) 18時~20時/定員につき受付終了

・11月20日(火) 18時~20時/募集締切:11月18日(日)
・11月21日(水) 18時~20時/募集締切:11月19日(月)

・11月27日(火) 18時~20時/募集締切:11月25日(日)
・11月28日(水) 18時~20時/募集締切:11月26日(月)


【 実験場所 】
芸術情報研究所内 実験室
住所:香川県高松市 牟礼町原1968
最寄り駅:琴電原駅より 徒歩30分
地図: https://goo.gl/doHwcf

【 参加条件 】
どなたでも

【 応募方法 】

下記の実験予約のページからご応募ください。
https://coubic.com/kondows-lab/329456

【 謝礼 】
2,000円(交通費込み)=時給1,000円x2時間
※ 延長のときは
別途謝礼をお渡ししております。

【 個人情報の取り扱いについて 】
提出いただいた個人情報は、
実験日の予約管理・謝礼管理・実験データ管理でのみ、利用させて頂きます。

また,実験データは参加者個人の名前がわからないように解析し、
その後も機密文書として保管します。

ご自身の実験データをご覧になりたい方は、のちほどお送り致します 。

2018年7月7日土曜日

おおいに使おう役人用語、又は穴吹エンタープライズ用語

連中は、文言を「訂正」するのを「変更」と言うらしい。

本日、平成30年7月7日(土)、香川県の文化程度を疑う事件が起きた。
15時から県民ホール小ホールで開催された台湾の
桃園市立武陵高級中学管弦楽団香川公演。

主催:香川県
事業実施者:穴吹エンタープライズ㈱

公演前にバラ撒かれたチラシでは、
「ラフマニノフ作曲|ピアノ協奏曲第3番(ママ)」と書かれており、
香川のド田舎ではラフマニノフのPコンは2番ばかりで辟易していたところ、
さすが台湾の名門校。
日本で言えば高校生の分際で3番とな!大曲も大曲。

これは聴き逃せんと、「入場無料」という恩恵を活用して行ったのはいいが、
何と、2曲目に舞台から流れ出てきたのは
セルゲイ・ラフマニノフ 作曲ピアノ協奏曲第3番でなく
セルゲイ・プロコフィエフ作曲ピアノ協奏曲第3番!!!(唖然???)

あわてて当日配布のプログラムを見ると、
「ピアノ協奏曲第3番ハ長調作品36/セルゲイ・プロコフィエフ(ママ)」
と書いて、その下に申し訳程度に小さい字で
「(※ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番から変更)(ママ)」

これもまた大曲、ピアノのソリストも必要だし、
「変更」などあるはずがない。

相当早くから決まっていたのは間違いないとして、
台湾側の発信が間違っていたのか、
受信側の主催:香川県、
又は事業実施者:穴吹エンタープライズ㈱が間違っていたのか。

会場にいた他のマニア情報から確認したら、
5日木曜の四国新聞ではプロコフィエフ表示していたが、
いずれにしても、
一見明白に間違った表記を直すのは「訂正」であって、「変更」ではない。

チラシ一枚に導かれて会場に来た聴衆の驚きやいかんせん。

筆者、ピアニストの陳毓襄(チェン ユーシィァン)が演奏した
アンコール曲、アストル・ピアソラのリベルタンゴを
掲示板に書いていた館長の米田優(一応、この人、国立音大出やでえ。)に、

「そんなん書くんやったら、たとえ当日プログラムで訂正しているとは言え、
早くから配布していたチラシの「ラフマニノ」は「プロコフィエフ」の誤りでした。
ラフマニノフのPコン3番を期待してお運びいただいたお客様には
謹んでお詫び申し上げます、
 
と、

「事業実施者」としてちゃんと詫びを入れんかい、
このボケが!プロモーターとして恥ずかしないんか!」

と全聴衆を代表して、諌めの一喝を入れた。














筆者、これから役所や穴吹興産グループに出す文書で
「訂正せよ」と言われたら、それはおかしい。
おたくらの世界では間違いを「訂正」するという行為は
存在しなかったんでないんですか?
おたくらの用語では、それは「変更」というんではないんですか、
と、チラシとプログラムを持って行ってゴネてやろっと。

2018年6月30日土曜日

「ブスは三日で慣れ、美人は三日で飽きる」の真実

家庭を持って人並みの生活を半世紀もすれば、
思わずうならされるような箴言に出会って驚愕することがある。

驚愕にまで至らなくとも、年ふるごとに、誰が言い出したか、
よくぞまあこれほどの真実を、と感心するたとえのひとつが
「ブスは三日で慣れる、美人は三日で飽きる」だ。


この言葉を最初に知ったのは、
まさに思春期というよりも発情期という方が正しい年代で、
「美人は三日で飽きる」なんて、そんなもったいない!(?)。
最低限、相手が婆さんになって美人と言えなくなるまでは「飽きる」など
有り得ない!!!・・・
と、甘い、というより狂乱に近い幻想を抱いていたのだ

が・・・。現実は厳しい。
このことについては、純粋動物学的には、メダカを使って、
(メダカにブスと美人の差があるのかどうかは知らないが、)
雌雄が「三日で慣れる」ことが真実であることの実験材料にされ、
それが生殖行動までに及ぶことの実証はされている。



生殖期に入ったオスとメスのメダカを水槽に入れ、
左右に分け、真ん中にガラス板を入れて、
互いの姿は見えるが一緒に行動が取れない環境に置く。

三日だったかどうだったか、
とにかく数日経って、仕切りに入れたガラス板を取り除くと、
途端に双方生殖行動を開始したという。

ところが、仕切りのガラス板の左右にそれまで面識(?)のない
雌雄の生殖期のメダカを入れて仕切りガラス板を取り除いても、
互いにそっぽを向くか、オスが追い掛け回してもメスが逃げ回るか、
いずれにせよ、即時の生殖行動には移らないことが確認されている。

動物学者は、生殖よりもまず身の安全。
訳の分からない相手とは安易に接触しないという理論の根拠としたらしいが、
人間とても当たらずとも遠からずであろう。


まずは「ブスは三日で慣れる」から行こう。

筆者、誰が見てもこの人は一見してブスと思うだろう、
という人を見たことはあるが、
幸い(?)職場ではそれほどの不美人には恵まれず(?)、
異動で辞令をもって挨拶をしにきたときに、

あくまでも筆者の主観ではあるが、
初見では少なくとも美人の範疇には入らないなと思った人はいた。
(要するに、気に留めなかったということなのだが。)

ただ、わが職場の場合、一応、まともに試験採用されて入った人、
又は、一旦子育て退職したが、
現役時代の能力を見込まれて再雇用されたような人ばかりだったから、

まさに三日で慣れるどころか、
庶務関係の仕事でこまごまとした世話をやいてくれたり、

あるいは、同じチームで仕事をしていて、相手が仕事で行き詰っていたときに、
たまたま筆者が経験した解決策の一策を助言したら、
 「うわっ!さすがやぁ!」 と、メロメロになるほどの感謝をされ、
仕事も成就したときなどは、
はるかに年上のオバサンであっても、思わずハグの領域では済まない、
まさにディープな抱き合いをしたくなったことがあった。

逆に、明らかに、
この人は「能力」としての美貌を加味されて採用されたと思われる、
実際、お偉方の秘書も経験したという人も含め、
誰が見ても美人という人と2回ほど席が隣になったが、
いかんせん男の悲しさ。

こんな美人の口からこんな辛辣な言葉が・・・(唖然)!と
衝撃を受けるような言葉が発せられたり、
互いの仕事の狭間にあるような仕事の押付け合いになったりすると、
「可愛さ余って憎さ百倍」的な経験もしたことがある。

さらに深刻な問題を申し上げておくと、美男美女であっても、
下半身の機能がそれと同等とは限らない。
(もっとも、美女は早くからその方面のお誘いがかかり、
早くから自分の機能がどの程度のものかを知っているとは思える。)

男性の場合、結婚して不能がバレたり、男色でもあったり、
そちらの方面に全くの無頓着であったり、
そちらは熱心であっても、完全に男ペースで、
出してしまえば途端に冷めてしまい、
女性の方には全くかまわないような行動を取ることが判明して離婚した者等々。

女性の場合、筆者が経験もし、かつ、
人気番組「新婚さん、いらっしゃい」
(に出るくらいだから夫婦仲はいいのだろうが。)で
見聞きした実例だが、

女性のその部分の粘膜が極端に薄いのだろう、挿入しようとすると激痛が走る者、
 番組の会話の中では、
これに加えて愛液の出方が異常に少ないのではないかと思えるほどで、
結婚後1ヶ月たっても「あ痛たたー」の状態が続き、事が成っていない者。

細身なのはいいが、服を脱ぐとやせ過ぎで、
随所で出た骨が刺さるため体重がかかると双方痛くて不快な思いをする者等、
男女ともに人並みのことができない人というのはいるものだ。

「三日で飽きるより前の美人」であっても、
そちらの方も首から上が美人であることを理由に
うまく行くとは限らないことは、心中に念じておくべきであろう。

極論すれば、そのときになれば、
照明が薄暗かったり、顔を極端に近づけると美醜など全く分からない。


さらに、首から上からは全く想像できない、
首から下美人というのもいる。

首から上美人に金をつぎ込みたくなるのは無理もないことだとは思うが、
「急性覚醒剤中毒で急逝」にされてはたまらない。

美人は不美人の倍、楽しい人生を送れると、
出生以前の(親の)遺伝子を恨む人もいるが、
世の中には時として、
あんな最低男になんであんないい女が、とか、その逆もある。

職場結婚など「三日で慣れる」理論で納得できる例もあるが、
いわゆる「一目惚れ」については、大脳生理学的には謎が多い。

まあ、マスコミで一目惚れ報道されるのは女性側が美人の場合が多いから、
美人は得する論に直結するのだが、現実の世界ではそうでもないらしい。
それほどの美人でなくとも一目惚れされたという例を筆者も知っている。


上記、メダカの実験も、この問題に関する研究の一環であったのだろう。
このことについては、筆者、複数のれっきとした、
まともな医者の講演やテレビ番組で、

「どうも、一目惚れは一目で惚れたのではではない。
過去のどこかで一緒にいた記憶が脳のどこかに残っていて、
(上記ガラス板を除去されたメダカのごとく)
出会ったときには互いのガードが取り払われ、速攻で心が結びつくのだ。」 

そして、「過去のどこかで一緒にいた」場所とは、
ズバリ、生まれる前にいた場所、この世ではない場所、
すなわち「あの世」で一緒にいたのだ、

というのだ。

あの世と霊魂的存在があることについては、
既に1950年代からアメリカの著名な大脳生理学者が唱えており、
特に生死に係る問題については、単に生物学的反応や化学反応では
説明し得ない部分があり、プラスαの何かがあること。
そして現代ではこれに異を唱える医師がいるのだろうかと思える状況だ。  

筆者が妻を亡くして以来、
自堕落で食生活に無頓着な生活を送った結果、
いわゆるメタボ体型になってしまい、
職場でのメタボ検診で、職場の産業医が、
奇しくも、この産業医がうら若い美人の精神科医だったのだが、
問診で、

「誰も見てくれる人がいないから、メチャクチャな生活を送っている」 
と面倒くさい生活指導の反発も加えて答えると、 

「医師の私が言うのも変ですが、
奥さんは見ていますよ。きっと誰かに見られていますよ。」 
と真顔で言うのだ。

出たーッと思った。  

考えれば、亡妻とは高校3年のクラスメートから大学まで
学部は違うが一緒で、就職してからはしばらくは互いに欲を出して、

もっといい人はいる。私の白馬の王子様、お姫様が迎えに来てくれる

と甘い幻想を抱いたときもあったが、
会ってみると、無理に格好を付けることなく地を出せる関係だった。

ありきたりの言い方では、心が休まるというやつだろう。

 

このへんの感情は、
顔の美醜
(亡妻が「醜」とは思っていなかったからひっついたとは言えるのだが、)
とか体型
(こちらは、「お父さんはデブ専だから」と娘からタイコ判をもらっている)
とかでは説明がつかないと自分自身で分析している。 

あちらが先にあの世とやらへ行ってしまったが、
こちらも、あちらの世界へ行ったらあいつ、俺を待っているのかなとも思う。

もっとも、高3の同級生(ということは、亡妻とも同級生)の悪友で
最近、病気で先にあちらに行ったやつがいて、
亡妻を拝むついでに、
「頼むから、あいつとだけは、
俺がいないのをいいことに不倫なんぞするなよ」
と思ってしまう。

笑えない現実だ。

2018年6月23日土曜日

「忖度」の地勢学

「忖度」。

昨年の流行語大賞にもなったが、
こんな言葉を役所で一般向けの文書に書いて起案したとしたら、
特に今では決裁段階のどこかでドヤしつけられるであろう。

「慮って」とか「相手の意思に配慮して」に書き直せ!
とやられるのがオチだ。

どうも、「忖度」は、
昨年の森友・加計問題発覚以来、本来の意味にはなかった、
「相手が表に出したくないことについて」という冠が付いて、
「相手が表に出したくないという意思を慮って」
とか
「相手が表に出したくないだろうことに配慮して」
という風に取られるようになった。
















しかし、この忖度という行為は、実社会においては現実に重い意味を持ち、
知らず知らずのうちに、多かれ少なかれ為されていることだ。

筆者がある団体において、上から数えるよりも、
下から数える方が近い地位にいたときのこと。
重大事案で部長級の決裁をもらう事前協議に行ったときのことだ。

この部長というのが、頭はいいが感情を極端に表に出す、
いわゆるカミナリ部長でというやつで、部下は常に戦々恐々としていた。

案件についていきなり解決策を提示すると
「お前、この考えを俺に押し付けるんか!!!」・・・①
と怒りだしたという伝説があり、
たいていは当て馬的な腹案を二、三用意していて、
総合的に検討した結果これにならざるを得ませんでした
という論法で持ちこまないと、揉める元になるという暗黙の了解があった。

もっとも、これは役人世界ではよくやられている話で、
逆に上の方から
「これ以外に解決策はないのか?」
と問われることはままある話で、
これを自分の思う方向に持っていくのが役人の腕の見せ所となる。

で、筆者、その問題を上奏した後、
「どういたしましょうか?」・・・②
と切り出した。その部長、
「どうしたらええんや?」・・・③
と至極当たり前の回答だったので、
待ってましたとばかりに、こちらの方針を説明し、
了解を得て、その場はめでたしめでたしだったのだが、
後で直属の課長に呼ばれ、

「ああいう場では、
『どういたしましょうか?』などと聞くのは失礼だ。
答えられないと恥をかかすことになる。

『これこれの問題が起こっておりますので、
こちらではこのように対処しようと思っておりますのですが、
いかがでございましょうか?』
と切り出すべきだ」・・・④

と説諭された。


この案件では、
①の伝説が恐怖伝説に変わり、筆者の深忖度で、
これほどの人なら面前で案件を述べられたら
当然対処案も持ってきていることを承知しているはずだ。

②が出れば当然③と出ると読んでいたのが図星だったのだが、
言われてみれば、④も一理ある。

ただ、これが度重なると、結構こわいことになる。
同じことだから、もういちいちお伺いを立てることもあるまい、
と同じ判断で自分の権限で処理したら、
俺に報告がなかったと上の者が怒り出す。
極端な場合、相手のために先を読んでしたことが、
逆恨みを買うことすらある。・・・⑤



フランスのルーブル美術館に古代エジプトの書記の坐像がある。

なんで書記のごときが像にまで、
と初めてこの現物を見たときに思ったのだが、
古代エジプトの治世を知るに連れ、この役割はばかにできないことを悟った。

古代エジプト時代、王が何かを部下に命令すると、後ろに控える書記が
「そのように決め、そのように行え」
と宣した。

それは、おそらく現代の法律や政令の公布と同じであり、
かつ、書記はそのことを古代エジプト文字を使って記録に留めたのであろう。

これにより、⑤のようなトラブルを防いだのだ。
王は同じような案件が来た場合、この書記に過去の処断記録を出させ、
前と違った判断を出さないように、
もし、違った判断を出すとすれば、日本の最高裁の大法廷判決のように、
前の判断を覆した理由を詳細に記録する必要があったのであろう。

当然、書記は、王が前に出した「そのように決め、そのように行え」の
記録に反するような言動をした場合、
「それは前に下した判断と齟齬があります。」と進言する権能を
与えられていなければならない。相当の権限だ。
だからこそ、王のミイラに匹敵するような坐像を作って、
その権威を表象したのだろう。

さて、ここで登場するのが金正恩。さして政治・行政の経験もなかった
若造の金正恩が首領の座についたとき、
粛清された張成沢(チャン・ソンテク)のような身内が
⑤のような金正恩の意思をいい意味で忖度して、
先読み補佐役をしてくれたのは非常に有難かったはずだ。

極論すれば国内・国際社会にナメられずに済んだ。

ただ、人間、余程のバカでなければ最低1年、事をやってみると、
大体次の年は前年の先例を思い出しつつ自立し始める。

それでも、金正恩の場合、張成沢のような経済派官僚が身内にいて、
中国や韓国との合弁企業が順調に活動を始め、
それなりに国家財政を潤しはじめたとなると、
順調に行けばそれは、忖度の成功であって、
正恩も自分の手柄になることだし、悪い気はしなかったはずだ。

しかし、張成沢は忖度の度を越して、
⑤の逆恨みを買うことになってしまった。

筆者、この張成沢のそれなりの経済政策の成功と、
まずまずの国家運営の補佐状況を見るにつけ、金正恩の取った仕打ちは、
「自分に報告がなかった、知らされなかった」うちに事が運ばれた、
程度の怒りではすまない異常さを感じ取っていたが、
案の定、最近、脱北高官によりその実態が暴露された。
 
張成沢は、自分の経済政策の成果を拡大路線に乗せるため、
いわゆる「39号室資金」、
日本であれば内閣官房機密費に該当する資金に
手を付けようと画策を始めたのだ。

この「39号室資金」、その正体はかなり汚いカネだ。

麻薬や覚せい剤の密売から始まって、IT技術を駆使した、
例のバングラディシュ中央銀行からの8100万ドルかすめ取りまで、
この資金は、たとえ身内でも手を付けるには余りに汚く危険で、
かつ、それは金正恩固有の秘密資金だ。

いくら身内の最側近とはいえ、これに手を出され始めたとなると、
正恩からすれば、まさに国家反逆罪。
即刻処刑、銃殺も無理はない。

ソンテクのソンタクが過ぎて逆恨みの末の粛清。
あまりいい洒落とは思えない。