自己紹介


はじめまして。近藤紀文と申します。
当ブログにご訪問頂き、ありがとうございます。

このブログでは演奏会(ライブやコンサート)参加の履歴や
日常生活で思ったことについて、様々な視点で書いていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。


2022年12月24日土曜日

前回の記事の後半と類似の考察が、週刊朝日12月30日号に書かれておりました。

奇しくも前回の記事
「歴史と地理は紛争解決策の宝庫であり、そこから学ぶべきことは多いです。」の後半と
類似の考察が、週刊朝日12月30日号の

ロシア政府アドバイザー「アンドレイ・フョードロフ元ロシア外務次官」への
インタビューとして載っていたのに気を強くしました。

こちらは単純に、【ロシアは自国の安全が欲しい。
ウクライナがNATOに加盟しないことが停戦合意の条件となる】
と言っていますが・・・。

 

2022年12月22日木曜日

歴史と地理は紛争解決策の宝庫であり、そこから学ぶべきことは多いです。

拝復 香川日独協会御中

近藤です。
『さて、香川日独協会では今年のクリスマス行事として
ドイツ映画「バルーン 奇蹟の脱出」の上映会とクリスマスパーティを
下記の通り(12月18日)開催することになりました。
上映される映画は1979年東ドイツから手づくりの熱気球で
西ドイツに亡命した家族の実話を映画化したものです。』

参加します云々。       
(中略)

追伸
そこらの生半可なドイツ通に負けんぞ、と思うのは、
上記映画の元ネタ、現実に東西ドイツが存在した時期の
1982年初作「気球の8人」を、私は日本公開当初、見ていたからです。

亡命が成功したからこそ映画になったんじゃないか、ということで、
最初からネタバレ映画の最たるものですが、
この初作映画の最後の最後、不時着した気球を逃れて
近くの農家の納屋らしきボロ家に潜んでいた脱出メンバーの1人が、
真夜中、見回りの警察官だか国境警備隊員だかに発見されたときに
発した一言、
(懇願するように)「ひとつだけ教えてくれ。ここは西か東か?!
」
は、いまだに忘れられません。


実は私は、この4年前に事件の起きた1年前の1978年夏、
東西ドイツの国境に程近い西ドイツはバイエルン州、
ニュルンベルクから列車で東に50分ほどの、
夏のヴァーグナー音楽祭で世界的に超有名な、
(ワグネリアンの聖地)バイロイトに足を踏み入れていたからです。

このバイロイトの東側は深い森で、
この森を歩いて行けば、さしたる時間もかからずに、
当時の私の認識では魑魅魍魎の住む世界、東側世界に到達するんだ、
(もっとも当時から、国境地帯は地雷原だとは知っていました。
2020年の韓国ドラマ「愛の不時着」と同じシチュエーションですが、
こちらはハンググライダーの突風被害による地雷原越え。
似ているようで、原因は違います。)と、感慨を深くしたものです。

というより、東西冷戦の最前線の、その陸続きの西側に立っているという実感は、
紛争地域から遠く離れ、かつ、周りを海に囲まれ、
”戦車が国境を破って侵攻して来る”
などという思考の成り立たない
日本に住んでいることの、真の有難みを感じるには十分でした。
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今また、ロシアを中心とした旧ソ連諸国が再び「鉄のカーテン」を引こうとしており、
このような映画を観ることは、誠に時宜を得たものであると共に、
東西鉄のカーテンを頭に描くとき、
いつも頭に浮かぶのは、かつての東側世界に突入していたオーストリアの形状。
今のロシア同盟諸国の胴体に突き刺さるように存在するウクライナの形状とそっくりです。

非常に品の悪い言い方ではあるのですが、
体内にウクライナというEU、NATO思考に侵された男根が突き刺さり、
その男根からロシア躯体に
有害な梅毒やエイズなどの病原菌が撒き散らされている・・・
(私は親ロ派ではないが、)ロシアに、
これを我慢しろ、とは私は言えない。

ウクライナにも、害毒をロシア躯体に撒き散らさない、
もっといいやり方があったのではないか?

東西冷戦時代に、実質的には西側社会にいながら、
東側社会に東南北を囲まれて身動きの取れない中で、「中立」を宣言し、
存立と独立を維持し続け、紛争地域になることを避けた
オーストリアというすばらしい先例があるにもかかわらず、
我を通し続けるウクライナ。

ドイツ語圏と言いながら、
ハプスブルク家の多民族国家統治の伝統を引き継いだ、
外交上手のオーストリアと、
ロシア語圏(ウクライナ語の語彙の半分はロシア語と同じ)と言いながら、
ロシアと共存する手段を端から捨て、
実質は田舎の農村国家的思考で、余りに外交に稚拙さが目立つウクライナ。

歴史と地理は紛争解決策の宝庫であり、そこから学ぶべきことは多いです。




 

2022年3月13日日曜日

以下、Sさんからの質問。なかなか面白いネタです。集団申告VS街宣車

Sさん
『今更ながらの質問。どうして確定申告の時期になると、街宣車が走り回るの?
うちの会社のまわり、機動隊が出て、大変な騒ぎやけど…』


近藤『最終日だったか、その前後に共産党系の民主商工会参加の個人・事業主
(基本的に申告納税制度に反対している連中の集団)が共同で一斉に固まって
確定申告するため。単純に言って国税への嫌がらせだ。
そこへ反共集団の右翼が街宣車でお出ましとなる。まあ、どっちもどっちだな。』




Sさん『毎年や。街宣車出てるけど、なぜ国税に嫌がらせをするの?』

近藤『要するに、国家権力の象徴の国税に対する嫌がらせ。意地の張り合い。
暴力闘争でなく、順法闘争の最たるもんだわ。』



Sさん『右翼も左翼もそこで、国税に嫌がらせをするとは賢いなあ。
反社会勢力って頭悪い人の集団と思っていたけどなぁ』


近藤『反社と右翼は、胴体はほとんど同じだが、首から上は
共産党を目の敵にするか否かで変わる。反社はカネだけ。イデオロギーはない。』




Sさん『無渦化しすぎてわからん>_< もうええ。
ロシアとアメリカみたいなもん?考え方の違いって事かな…』


近藤『ヤクザの親分すなわち反社集団のてっぺんが、
右翼または反共団体のてっぺんを兼ねるというのはままある。

でもヤクザの本領は、右翼だろうが左翼だろうが金蔓にすり寄って
私腹を肥やすことばかり考えていることだろうな。

ヤクザと北朝鮮が蜜月関係にあり、北朝鮮の出来の悪い覚醒剤密輸のお得意先が
日本のヤクザなんて有名な話なんだが、ヤクザの節操のなさの典型事例だ。

ヤクザはカネでどうにでも転ぶが、右翼になると
ある程度反共集団の看板を挙げている限り、
カネは絡まなくとも街宣車を走らすことはある。

上意下達のヤクザ社会では共産主義に目覚めて、
しのぎの平等分配とか、末端からの革命などと言い出してはたまらんからな。
このへんは右翼とヤクザは胴体は同じ。ということだ。』



Sさん『わかったような…まだわからんことがある気がする
>_<
もやもやしとる
>_<』

近藤『共産主義運動から派生した、今や死語化した「学生運動」を
経験した世代とそうでない世代が、わずかな年齢差でも感じられるなあ。

簡単に言い直します。

今の日本は資本主義社会で、その資本主義の対極にあるのが共産主義。
世界で共産主義というより共産党国家として生き残っているのが有名どころでは
中国、ベトナム、キューバ、北朝鮮。

中国なんて共産主義の組織力のみを利用した資本主義国家としか
私には見えないんですけどね。


北朝鮮は共産主義国家の名を借りた帝政国家。

で、日本では共産党は政党として生き残っており、
今までの選挙結果から見て百万足らずの県民の内、1万人足らずが共産党支持者です。


共産党の理念からすると、今の日本国家を牛耳る資本主義は敵の思想であり、
その資本主義国家の手先として人民の所得を吸い上げるのが、国税・税務署な訳です。

敵思想の手先・先兵である税務署に対して、集団で税務署に来て
一斉に確定申告をして事務を停滞させ、国家を困らせるという順法闘争をするのが
共産党主義の商工会「民主商工会」。略称は民商。

その対極にあるのは国家資本主義であり、その思想の暴力的支持集団が「右翼」で、
武力闘争が困難になった現代においては、街宣車による共産党への嫌がらせ活動がメインにの闘争手段になっています。

かつては、会社のストライキなどの実力闘争に対し、そのストライキ破りの兵力要員として右翼と提携したヤクザが、戦闘服を着て、乗り込んでくるなどというシーンがテレビでも出ていました。

しかし、もはや今の日本では共産党の扇動や
戦術による会社の左翼思想で固まった社員集団のストライキも、
そのストライキをぶち壊すために、ロックアウトされた会社に乗り込む右翼、
その提携先、武闘派暴力団も見なくなりましたね。

だから、右翼や左翼と言われても、今の若い人にはその行動実態を見ていないから、
まさに、「なんで突然、街宣車が現れて、税務署の周りで騒ぐの?」と
なるのはごく自然の成り行きです。

今の私など、
日本を身を挺して共産主義から守ってくれたアメリカに感謝の言葉しかない。
 



Sさん『私は感動しておる(笑) 
理解力のない私のために池上あきら以上に分かりやすい説明をしてもらって感♥謝

自分なりにおさらいしてみる。』

近藤『”おさらい”の手助けで私も頭の中を整理する。
中国は未だに共産主義国家だが、
この共産主義思想の根幹をなすのが「生産手段の共有」。
生産手段の最たるものが農作物生産手段の「土地」。

多くの、現在も共産主義国家として生き残っている国の昔は
あるいは戦前の日本も、土地は地主階級の私有であり、
ほとんどの農民は小作農として土地に貼り付けられたうえに移動も制限され、
酷使され、生産された農作物は地主階級の物となってしまう。

で、共産革命の手始めは生産手段の最たるものとしての土地を「共有」。
その共有の究極の姿として土地を「国有化」してしまった。

そのなかで中国は、国有化した土地の上に、
全農民を国家の小作農として、再度、能力に応じて張り付けた。

恐ろしいことだが、
この「土地の国有化」は半世紀を過ぎた現代において、思わぬ効果を発揮する。

小平の改革・開放路線を端緒として工業力をつけた中国は、
工業用地を確保するために、元々、国有地に張り付いていた農民を
極端に低い補償で放り出すという荒業をやってしまったのだ。

(ここが日本と違う。日本では、土地は個人所有権の対象であり、
公共事業などで土地所有権を奪うにしても、それ相応の補償をすることが
憲法で明記されている。)

現在の中国の工業力、技術発展にの裏には
このような農民に対する不条理な考えようによっては
「国有化された土地」という制度を最大限に悪用した中国国家のために
生産手段を奪われた農民の多大な犠牲により、現在の中国の発展は成り立っている。
』






2022年3月12日土曜日

今日の日経新聞最終面

ジャストシステム売り上げ第1号の話は涙なしには読めません。
平面システム香原もかくあるべしと思う次第です。

同じ、電気製品の話であるだけに、アート引越センターよりも身近に感じます。
これからの話の成り行きによっては、
香原の運命を左右するような話も出てくるかもしれません。


2022年3月9日水曜日

日経新聞最終面掲載「私の履歴書」

今月は浮川和宣。
実質的には初子夫婦漫談になっていますが、
近日中にはジャストシステム立ち上げに入っていきます。

 

2021年7月2日金曜日

でもやっぱり、音楽はオーストリア。近藤著「双頭の鷲の旗の下に」ならぬ「ドイツ語という言語の下に」より【2】

掲載年月日:2008年4月
掲載元:香川日墺協会~10周年によせて
題目:「双頭の鷲の旗の下に」ならぬ「ドイツ語という言語の下に」
筆名:近藤昌紀
より

・でもやっぱり、音楽はオーストリア。

そして、さらに喜ぶべし!
ドイツ語以上に、音楽も愛する会員諸氏よ。

べートーベンの第9交響曲第4楽章を彩る、
いわゆる「歓喜の歌」が、
EU統合の象徴の音楽として選定されるのだ。

これは、言わば、「歓喜の歌」が
EUの国歌となったようなものだ。

ただし、メロディーだけが選定されたのであって、
あの「フロイデ,シェーネル ゲッテルフンケン・・・」
というドイツ語の歌詞までが選定されたのではない。

このへん が、多民族、多言語を抱えるEUの
狡猾な知恵というところか。





さて、この「歓喜の歌」の作曲者、
ルートヴィッヒ・ファ ン・べートホーフェン。

その姓名を、真正ドイツ語読みすれば
こうなるべートーベンは、 生まれこそドイツのボンだが、
主たる活躍の場は、 これはもう、完全にウィーンだ。

もちろん、第9交響曲もウィーンで作曲・初演された。
亡くなったのもウィ ーンで、ウィーン中央墓地の楽聖特別区という、
有名音楽家ば かりの葬られた区画にその墓はある。

<続く>

2021年6月26日土曜日

EUはドイツ語天国になった。近藤著「双頭の鷲の旗の下に」ならぬ「ドイツ語という言語の下に」より【1】

小生著の古い記事を紹介いたします。

掲載年月日:2008年4月
掲載元:香川日墺協会~10周年によせて
題目:「双頭の鷲の旗の下に」ならぬ「ドイツ語という言語の下に」
筆名:近藤昌紀
より

・EUはドイツ語天国になった。

オーストリアを愛する紳士・淑女の集う日墺協会の会員諸氏 ならば、
オーストリアの公用語がドイツ語である
ということは常識以前の問題と思われるが、
このドイツ語という言語、最近 おおいに羽振りがいい。

というのも、EU(欧州連合)の拡大・東進に伴って、
様々 な少数民族の言語も仲間入りしている中で、
日常生活で使って いる言語は何語?という視点で見ると、
ドイツ語を生活言語と している人口が最も多い、
というEUの統計が出たのだ。

それはそうだろう。

地図上で言えば、EUのど真ん中に居座 る
ドイツ、オーストリアはもちろん、チューリッヒや
べルンを 中心としたスイス東部(ただし、スイスはEUに加盟していな い。)
リヒテンシュタイン、
意外なところではメラーン(イ タリア呼称ではメラーノ)を
中心としたイタリア北部、

このあ たりは公用語としてドイツ語が使われており、
従って公共の標 識、看板には必ずドイツ語が登場する。

さらに、ドイツ語とは兄弟、又はいとこ関係にある言語を使う 国、
思いつくままに挙げれば
オランダ語、北部ベルギーのフラ マン語、
デンマーク、スウェーデン、ノルウェーの北欧3カ国 語、

このへんの国をウロチョロするなら、
ほとんどヤケクソの ドイツ語をしゃべっても、
結構通用する。 


<続く>



2021年6月12日土曜日

余はいかにしてワグネリアンとなりしか ー運命の女神ノルンのつむぐ綱は未だ切れず、筆者とつながっている一 その7



・黄昏のワグネリアンから、黄昏のワグネリアン仲間へ、言上奉る。

ワグネリアンは物持ちだ。
レコード時代であれば、
1作に数枚のレコードがセットというのは、当 たり前。

「指輪4部作」全曲版のレコード全集など、
十数枚のレコードを相手にして、30分ごとに裏 返す。

そして、対訳とにらめっこ。

おそらく、ヴァーグナーだけで、
何百枚のレコードをお持ちとい うワグネリアンも結構おいでであろう。

LDが世に出て、両面で1時間余の動画・音声を、
全自動で見られて、日本語字幕付きになった。

天国が来たように思われた。

おそらく、この時代、1980年代後半のワグネリアンは、
LDが1タ イトル出るごとに、飛びつくように、買い込んだに違いない。

DVDの時代になって、日本語字幕はもちろん、
ボタンひとつで原語字幕との選択、さらに、日本 語字幕を下面に、
上面には、要所要所のポイントを解説した字幕まで出せるという、
もう、ほとんど 行き着くところまで行ってしまったというような、
芸の細かい全集が出たりして、かっては、
バイロ イトで演ぜられている全10演目を、場所こそ違えど、
すべてナマで見た、という筆者のプライドな ど、微塵に砕かれてしまった。

こんなものが、高松でも手に入るようになり、
旅行が億劫になる年齢 も手伝って、金に糸目をつけず、
ヴァーグナーと名が付けば、
東京へ、外国へと飛んでいった時代が、 なっかしくなりつつある。

しかし、ここで、黄昏のワグネリアン諸氏に申し上げたい。
あなたの集めたコレクションは、
あな た及びワグネリアンにあっては、宝の山であろうが、
さて、ご家族に、これを理解してくれる方が何 人いようか。

このご時勢、ただでさえ核家族化が進み、
奥方と二人暮らしのところ、奥方からは、お 荷物扱いされる、

あなたのヴァーグナー・コレクション。

あなたが亡くなって、運よく、
中古レコー ド市場にでも流してくれるような奇特な人でも居れば、
まだ、救いようがある。

周辺に、その価値を 理解できる人が一人もいなければ、
あなたの宝の山は、一夜にして不燃ゴミの山と化すことであろう。

本稿をお読みのワグネリアン諸氏よ、
今こそー致団結し、
この貴重な人類の遺産の散逸を防ぐ手当 てをしておこうではないか。

例えば、本誌の編者、
香川県では数少ないヴァーグナー研究家・最上英 明氏を事務局に、
おのおのが所持するコレクションを申告し、
もしものときは、学術研究のために遺 贈する手はずを整えておく、
なんぞ、いかがか。

因みに、筆者は、
バイロイトで上演される10演目
(さまよえるオランダ人、
タンホイザー、
ローエングリン、 ニュルンベルクのマイスタージンガー 、
トリスタンとイゾルデ、
ニーベルングの指輪全 4部作
(ラインの黄金、ワルキューレ、ジークフリート、神々の黄昏)
及びパルジファル)
すべての スコア(総譜)を持っている。

レコードや映像を全演目持っているというワグネリアンは、
このご時 勢、結構いると思うが、
スコアとなると、そうはいくまい。

果たして、香川県にいるだろうか?
これ だけのスコアを持っている人が?

実際、筆者は収集に、半端でない時間と金をかけた。
えっ?
なぜ、また、そんな酔狂なものを集めたのかって?

理由は簡単です。

再度言います。

ヴァー グナーの作品は、すごい。深い。

和音が厚い。

他の音楽とは全く違う。

これを実証するには、
レコー ド、CD、LD、DVDと、
メディアは増えたが、やはり原点(又は原典)に返れ、だ。

ヴァーグナ ーの作品のスコアは、とにかく分厚い。

そりゃ、1作3時間などざらなのだから、
当然と言えば当然 だ。

そして、ページをめくれば、和音の厚さ、深さが眼前に広がる。

なんと多数の楽器が多重構造で 演奏していることか。

かって、ドイツ語に不慣れな頃は、対訳を相手に、
今どこを歌っているか、必死で追いかけていた が、原語と日本語対訳が、
ボタンひとつで自由に画面に出せるようになったDVD時代においては、
スコアを追いかけることが、最後にワグネリアンに残された、
マニアックな楽しみとなった。

さて、この、貴重な文化資源、必要とあらば、いつでもお貸しする。

そして、ヴァーグナーの作品 のすごさ、深さ、和音の厚さを、
ご堪能いただきたい。
これも、文化ぺテン師の面目躍如、黄昏のワ グネリアンの生きる道だ。

<終わり>

2021年6月10日木曜日

余はいかにしてワグネリアンとなりしか ー運命の女神ノルンのつむぐ綱は未だ切れず、筆者とつながっている一 その6

・黄昏のワグネリアンから、若きワグネリアンに、言上奉る。
中学時代、それとは知らずに、
初めて『タンホイザー』の大行進曲を聞いて、35年余。

20歳で、 スイス・ルツェルン湖のほとりにあるトリープシェンの家、
そして、バイロイト祝祭劇場、バイロイ トの棲家ヴァーンフリート荘、
その裏手に仲良く眠るヴァーグナーと妻・コジマの墓詣でと、
夢にまで見たヴァーグナー巡礼をして、早30年。

黄昏の近付いたワグネリアンから、少壮のワグネリアン に、
老婆心ながら、忠告を申し上げておく。

1。間違っても、ヴァーグナーを老後の楽しみに、などと考えないこと。

そのために、レコード全集も買った。
レーザーディスク(以下LDと略す。)が出れば、
やっと映像が見られると、金に糸目を付けず買った。

DVDが出れば、それも買った。
DVDともなれば、 コストは信じられないくらい安い。
しかし、無念。体力が持たない。

初期のオペラ群なら救いようもあるが、後期の、
それも歌い手のモーションが極端に少ない
『トリスタンとイゾルデ』や『指輪 4部作』を、
延々と、数時間座って見続けることができるか、君は?

これは、もはや、体力の勝負であって、知力は二の次だ。
老境に入っては無理。

若者よ。若いうちに、大作は見ておけ。

2.ナマモノを見るなら、歴史にこだわらず、
なるべく新しい施設で見ること。


レコード時代を長く経験した、筆者のような黄昏世代にとっては、
ヴァーグナーを見ることは、
すなわち、ナマモノの舞台を見ることであった。

なにせ、映像ソフトがない。

LDが出るようになるまでは、ヴァーグナーを見るためなら、
大阪あたり行くのは、なんでもなかった。

公演回数も少なく、コストも高かったから、
ヴァーグナーの舞台を見たことは、結構、ステイタスになっていて
公演する側としても、金に糸目を付けないワグネリアンは、
結構おいしいターゲットであったのだろう。

映像ソフトがない時分は、それなりに客の入りが良かったのか、
関西以西も、ヴァーグナーをひっさげて、
西欧の歌劇場が引っ越し公演しに来ていた。

私の記憶では、昭和59年に西ドイツのハンブルク州立歌劇場が
『ローエングリン』を出し物に、
大阪フェスティバルホール、そして福岡まで足を伸ばしたことがある。

しかし、その後は、LDによる映像攻勢、
おまけにバブル時代に突入とあって、外国の名門歌劇場が、
わざわざドサ回りまでしなくとも、東京に居座っていれば、
客の方から金に糸目を付けずに飛んで来てくれる時代となり、

外国の歌劇場が関西以西でヴァーグナーを上演したのは、
昭和62年、大阪フェスティバルホールでのバイエルン州立歌劇場の
『ニュルンベルクのマイスタージンガ ー』が最後となった。

その代わり、国内での歌劇の上演施設は目を見張るばかりに増え、
名古屋の愛知県芸術劇場、滋賀の琵琶湖ホール、
そして第2国立劇場と、4面舞台の備わったホールが続々誕生。

いい時代になったものだ。

しかし、ヴァーグナーの、動きが少ない長丁場の出し物
(と言えば、やはり、『トリスタンとイ ゾルデ』や『指輪4部作』に尽きるが)、
これだけは、東京の独壇場だ。

ここで忠告。
あなたが、純粋にヴァーグナーの作品を極めたいなら、
なるべく、最新の設備 の整った、
新しい劇場で催される、それを見ること。

逆の立場から考えよう。

西欧の歴史ある歌劇場に行く。
ロビーのシャンデリアに迎えられ、
ひと たび場内に入れば、ロココ風の金細工。

音楽マニアなら何としても出かけたい観光名所だが、
これ は、冗談でなく、観光名所であって、
中で公演を見るなら、観光に来たと割り切って見ないと、
特 に、ヴァーグナーの作品のような、長時間を要し、
ストーリーのややこしい作品を、
気を入れて見 ようとするなら、えらい目に遭う。

まず、空調。昔の建物など、
そんな事などろくろく考えず、
ひたすら、飾り付けにのみ金をかけ た劇場が多い。

長時間、締め切った状態でヴァーグナーなど上演されようものなら、
酸欠状態とな り、頭は朦朧、汗はたらたらの状態となる。

特に、昔の寒冷気候を前提に建てられた建物が、
地球 温暖化の影響で、最近の夏の欧州では、
40度を超えることなど珍しくなく、
天下のバイロイトで も、音楽祭中、卒倒者が続出という状態とか。

その上、字幕はない。

日本での外国オペラ公演に字幕は当たり前だが、
さすがに、日本語の字幕 を出してくれる外国の歌劇場は未だ無いはずだ。
(ウィーン国立歌劇場では、
前の座席の後ろの部 分に、英・独2カ国語の字幕が出る。)

昔は、そのため、外国でオペラを見るともなれば、
日本で 対訳を買ったりして、万全の態勢を整えて、
現地に飛んだものだったが、
今では、国内での字幕の 慣れで、手ぶらで行ったりすると、
字幕なしのヴァーグナーに挑戦することになる。

さ て、あなたは、耐えられるかな?

さらに、最新の設備を備えた新しい劇場は、
座る椅子も、人間工学的に考えられたものを使って おり、
長時間座っても疲れない。

用心のため、幕間で、多少そこらをうろついて、
運動でもすれば、 何とか体は持つ。

しかし、ギンギラの装飾に彩られた名門歌劇場の椅子の正体は、
人間工学などかけらも考えられ ていない、木の椅子だ。

長時間座っていると、おしりの血の巡りが悪くなり、
壊死寸前になる。

バ イロイトなど、慣れた人は、
空気座布団や空気椅子を持って行くというが、
これは決して誇張では ない。

バイロイトではないにせよ、筆者も木造椅子で長時間座ると、
どのような地獄が待っている か、
ウィーンやプダベストの歌劇場で体験している。

「指輪4部作」を見る最終日など、
肉体的に は拷問だ、という人もいるに違いない。

ということで、外国のオペラ劇場での観劇は、
最高に楽しいことは認めるが、要領よく見ないと、
一転、このような地獄が待ち受けている。

本当に、作品だけを楽しみ、理解しようとするならば、
国内の最新設備の歌劇場で、
人間工学的 に考えられた椅子に座って、
整った空調設備の新鮮な空気で、脳みそに酸素を充満させて、
字幕付 きで、じっくりとご覧になることを、切にお勧めする。

<続く>

2021年6月9日水曜日

余はいかにしてワグネリアンとなりしか ー運命の女神ノルンのつむぐ綱は未だ切れず、筆者とつながっている一 その5

・作曲家ヴァーグナーは混同される。
もうひとつ、ワグネリアンを苛立たせるのは、
ヨーゼフ・フランツ・ヴァーグナーの存在だ。

リヒ ャルト・ヴァーグナーとは縁もゆかりもない、
こちらのヴァーグナーは、タイケの『旧友』と並んで、
ドイツ・オーストリア・マーチの双璧をなす
『双頭の鷲の旗の下に』の作曲者として知られる。

この 曲は、小学校の運動会の行進曲に結構使われるから、
情けないことには、ヴァーグナーと言えば、
このマーチの作曲者とのたまう小学校の先生は多い。

ええ、そりや、確かににこのマーチも名曲ですよ。
必聴の名曲でしょう。ゲルマニア(=ドイツマニア)にとっては。

でも、リヒャリトの方はこんなもんじゃありません。
再度言わせてください。
す ごい。深い。和音が厚い。他の音楽とは全く違う。


・結婚式の余興のカラオケ用にお勧め。ヴァーグナーの「結婚の合唱」
自慢する訳ではないのだが筆者は、
リヒャルト・ヴァーグナーの「結婚の合唱」を
原語のドイツ 語で暗記している。

頭の固くなってきた最近の筆者なら、
かなり暗記に苦労するかもしれないが、
幸 いにも、若いときに、好きこそ物の上手なれで、
その気になって対訳を片手にレコードをかけて覚え た。

これが、後々におおいに役に立った。

例えば、結婚式の余興が盛り上がり、
突然のカラオケのご指名をいただく。
それではと、おもむろ にMCのお姉さんに、その曲名を言う。
思わず、キョトンとするお姉さん。

そこで、例のロ三味線で
「パーンパーカバーン、パーンパーカバーン」
とやるとすぐ納得する。
どこの式場でも、この曲のCDは必ず置いてあるし、
エレクトーンの生演奏をするようなケースでも、
必ず、この曲の楽譜は持っ ている。

ということで、MCのお姉さんが
「近藤様がお歌いいただくのは、リヒャルト・ヴァーグナー作曲、 歌
劇『ローエングリン』第3幕第1場より「結婚の合唱」」
などと言い出そうものなら、このめでた の席で、
「また、めんどげなことを」
と言わんばかりの視線がこちらを向く。

そこで、例の序奏が鳴 り始める。

ほとんどの人は、この序奏から知っているから、
うざったそうだった目が、
この男、いっ たい何を始めるつもりや、と、
好奇の目に変わる。

そこでおもむろに歌い出す。
「Treulich gefuhrt zieht dahin,
(トロイリッヒ ゲフュールト チーエット ダヒン)・・・」
この曲は知っていても、歌詞付きであったと知る人は、まずいない。
これで、サプライズ。

歌詞はド イツ語で、少々間違ってもケムリに巻ける。
歌詞はそんなに長くない。

終われば、それなりの敬意を 持った拍手。

日独協会の会員諸氏なら、多少たりとも、
ドイツ語に造詣はあろうと思うから、
今から覚えるなら、 これに尽きる。

便利であり、一押しである。

・ヴァーグナーの歌劇『タンホイザー』でもあるまいし、結婚式場で歌合戦とは!
小泉元首相が大好きなことで有名になった、ヴァーグナーの歌劇『タンホイザー』。

その第2幕第4場での騎士たちの歌合戦、
いわゆる「ヴァルトブルクの歌合戦」の場は、
この歌劇の中でも見せ場 のひとつとなっているが
このシーンが何と結婚式の場で起こった。

その日、私は新郎側の招待者の一人として座っていたのだが、
披露宴の余興で、小癪にも、新婦側 の職場の上司が、
べートーベンの第9交響曲の第4楽章を飾る、
いわゆる「歓喜の歌」をドイツ語で 歌ったのだ。

筆者はこの曲もそらんじていたので、どうとも思わなかったが、
それまで、ド演歌と長 渕剛でつないできた新郎側は、さすがに萎縮する。
筆者も若かった。負けてはいられない。

起死回生の一撃を担い、この日はたまたま、
エレクトーン の生演奏付きであったので、
ヴァーグナーの「結婚の合唱」の楽譜は有るかと奏者に聞くと、
有ると いう。

上記と同じ手順で勝負に出た。

この日は相手方が「めんどげなことを」先にやっていてくれたので、
うざったい目では さすがに 見られない。

堂々たるドイツ語曲の勝負になった。
結果としては、その場は引き分け。

後で聞いたら、 新婦側のその上司とやらが、
職場で、 「あの、ドイツ語の歌を歌った男は一体、
どんな人間で、何をやっている人物なんだ?」 と、
筆者の氏素性を聞いたというから、
このような場では、歌は人を表すということになるのだろう。

<続く>

2021年6月6日日曜日

余はいかにしてワグネリアンとなりしか ー運命の女神ノルンのつむぐ綱は未だ切れず、筆者とつながっている一 その4

・さて、前置きが長くなったが、
本稿の標題、「余はいかにしてワグネリアンとなりしか」 に戻ろう。


だいたい、この標題自体が「文化ペテン師」の面目躍如だ。

内村鑑三の名著「余は如何にして基督 教徒となりし乎」を
もったいなくもパロディー化させていただいた。

しかし、これがあながち出鱈目 なパロディーでないことは、
自信を持って言える。

ヴァーグナーの作品には、
『タンホイザー』や「パ ルジファル』など、キリスト教、
それもカトリックの思想や伝説に根ざした歌劇・楽劇があるが、
こ れらの作品を聴いているならば、
序曲の
段階で、もうすでに法悦の境地に入ってしまう魔力がある。

中世キリスト教の聖人アウグスティスス(354~430)は、
著書『告白』の中でこう述べる。

「(前略)きよらかな声とよく整った調子でうたわれるのを聞くと、
歌そのものよりもむしろうたわ れている内容に感動させられていることを考え、
この(中略)大きな効用をあらためて認識するので す。

このようにして私は、それがひきこむ快楽への危険と、
にもかかわらずそれが有している救済的効 果の経験との間を動揺しています。

(中略)
それにしても、うたわれている内容よりも歌そのものによって
心動かされるようなことがあるとし たら、
私は罰をうけるに値する罪を犯しているのだと告白します。」
(山田品訳『世界の名著』14、 中央公論社)

まことにストイックなご発言だが、このお言葉どおりに考えるなら、
約1500年後のドイツに 出現するヴァーグナーの歌劇・楽劇を予言した、
としか言いようのない名言である。

ワグネリアンの 大半は
「うたわれている内容よりも歌そのものによって心動かされ」、
結果、それを聞く者は「罰を うけるに値する罪を犯している」。

そして、そのようなバチ当たりな世界へ
引きずり込むような名曲 を世に送り出したヴァーグナーは、
魔界の帝王若しくは悪魔の申し子としか言いようがない。

神よ。 このような魔人、若しくはヴェーヌス
(=ヴィーナス:詳細はヴァーグナーの
歌劇『タンホイザー』 の第1幕冒頭部をご覧あれ。)
のとりことなった、哀れなワグネリアンたちを許したまえ。
(念のため に言っておくが、我が家は先祖代々、真言宗大覚寺派の門徒である。)


・筆者のヴァーグナー受容
筆者が、作曲者は知らないままに
初めてヴァーグナーの作品を耳にしたのは、中学生のときであっ た。

当事の音楽の先生が、
給食の準備開始の合図の音楽として、
歌劇『タンホイザー』」第2幕第4場の、
歌合戦の場での入場行進曲を放送したのだ。

幼児体験は一生身に付きまとうと言うが、
筆者の 場合、ヴァーグナー受容がまさにそれだった。

『タンホイザー』云々など知らぬままに、
「えらい、か っこええ行進曲やな」と心にしまい込んでおいたのだが、
あるとき、偶然聰いたNHKラジオ第一の 音楽放送で、
この曲がヴァーグナーのそれであることを知る。

第2の出会いはそれから間もなくのことであった。
当事、家庭に爆発的に普及し始めた小型カセッ トレコ一ダー。

今から考えると、テープ、録音機材ともに性能は悪く、
静かな音などを録音すると、 音を少しでも大きくしようものなら
「ザーザー」という雨が降るような音、
いわゆる「テープヒスノ イズ」に泣加された、あの1970年前後の代物だ。

今のオーディオ機器では考えもつかない劣悪さ。
それでも、オープンリールテープのバカでかい図体と、
テープの取り扱いの面倒さに比べれば、雲泥 の差があった。

幼い子供でも、
好みの音を自由に録音できる有難さを初めて知ったのが、
筆者の世代 であろう。

<続く>


2021年6月4日金曜日

余はいかにしてワグネリアンとなりしか ー運命の女神ノルンのつむぐ綱は未だ切れず、筆者とつながっている一 その3

 ・運命の女神ノルンのつむぐ綱が筆者に絡まってきた。
(詳細は、リヒャルト・ヴァーグナー作曲、
楽劇『ニーベルン グの指輸』全4部作第3夜『神々の黄昏』冐頭部参照)

実は、本稿を著するに際し、
まさに、不思な運命が筆者を導いた、
としか言いようのない事件が 重なった。


その1
前記、平成20年9月4日付け日経新闘の、
中野京子氏のフランンワ1世の行状に係る文を読ん だ際、
一方で、フランンワ1世とダ・ヴィンチ、
一方で、ルートヴィッヒ2世とヴァーグナーという、
王侯と芸術家の関わりにおいての「共通性」が、
筆者の「文化ペテン師」的インスピレーションをい たく刺激し
わざわざ、スクラップしておいたこと。

その2
くだんの、フランソワ1世の行状を滅茶苦茶に茶化した
「ヴェルディの傑作オペラ「リゴレット」」 が、
オーストリアはバーデンの市立歌劇場の引越し公演により、
高松市の県民ホール
(以下、命名権 取得により付けられた某企業名は、
名称がやたら長くなるので、あえて記さない。)
大ホールで上演 された9月12日夜の、
まさにその会場で、
筆者は、日独協会役員の最上英明氏とばったり出会い、
「今年は、ヴァーグナー没後125周年に当たるので、
ヴァーグナーに関する文章がどうしても欲し と、思いもよらぬ依穎をいただいた。

その3
9月4日のスクラップから、わずか1週間の後、
『リゴレット』の公演会場で、原稿依頼を受ける。

その瞬間、筆者の頭の中には、上記『神々の黄昏』旨頭部で、
3人の運命の女神ノルンが、切れた運 命の綱を手に歌う、
「Es riss!(切れた!) 」
という声が響き渡った。

そうなのだ。この、偶然の連続性を断ち切ってはいけない。
「文化ぺテン師」とは言え、
ヴァーグ ナー芸術の伝道師を自認する筆者の血が騒ぎ、
使命感が体を貫いた。 ということで、重い腰どころか、
腹回り1メートルを超えてしまったメタボリック体を
パソコンの 前にやっとの思いで座らせ、本稿を書いている次第である。

<続く>

2021年6月2日水曜日

余はいかにしてワグネリアンとなりしか ー運命の女神ノルンのつむぐ綱は未だ切れず、筆者とつながっている一 その2

実は、この件の先例となったのもヴァーグナーだ。

ヴァーグナーは旅先のベネチアで亡くなったが、
その亡がらがイタリアでなく、バイロイトに葬られているのは、
国葬扱いの特別列車でバイロイトに 送られたからである。

いずれにせよ、ルートヴィッヒ2世の功績は、
晩年のリヒャルト・ヴァーグナーを宮廷に迎え、厚 遇したことだろう。

その恩恵は、単に芸術的な面に止まらない。

時代は下って、第2次大戦後の東西 冷戦時代。
バイロイト祝察劇場が、位置的には、旧西ドイツの、
旧東ドイツ国境に近い場所にあった おかげで、
旧東側も考えたことであろう。

「鉄のカーテン」を破って西に侵攻し、 ここを占領したりすれば、
旧西側陣営からどのような反撃を食らうか分からない。

それゆえ、少なくとも欧州では、東西 間の熱い戦争は起こらなかった、
と、筆者は本気で考えている。

そして、ル一トヴィッヒ2世の建てたノイシュヴァンシュタイン城や
バイロイト祝祭劇場がドイツ 経済をどれはど潤し続けているかを考えれば、
王の浪費も許される?

さて、フランソワ1世の末期は、平穏であったのだろうか。

少なくともルートヴィッヒ2世の末路 は、平穏ではなかった。
内憂外患で心神がボロボロになった政治には不向きの夢想家王は、
40歳 の若さで精神科の主治医を道連れに、謎の水死をとげた。(合掌)

<続く>


2021年5月30日日曜日

余はいかにしてワグネリアンとなりしか ー運命の女神ノルンのつむぐ綱は未だ切れず、筆者とつながっている一 その1

小生著の古い記事を紹介いたします。

掲載年月日:2008年11月
掲載元:香川日独協会会報第14号
題目:余はいかにしてワグネリアンとなりしか
ー運命の女神ノルンのつむぐ綱は未だ切れず、筆者とつながっている一

筆名:近藤昌紀


・日経新聞は裏から読む
日経新聞の裏面は文化欄となっているが、
その内容たるや、経済紙と呼ぶにはもったいないほど、
質の高い文化情報が満載されている。

その上、毎日曜日に、見開き2面をさいて、数回シリーズでテ ーマを決めて、
世界の名画を総力ラーで紹介する「美の美」欄もあり、
筆者のようなエセ文化人気取 り(にも至らない、どう見ても「文化ペテン師」)にとっては、恰好の情報源となっている。

さて、この日経文化欄の右肩てっぺんに、連続もののコラムがある。

各界の文化人が、好みの、又 は、得意のテーマをもとに、
絵画を主とした、視覚で感知できる芸術作品を、
作品の写真付きの10 回シリーズで紹介・解説するというもので、
写真がモノクロであるのが歯がゆくなるほど、面白い解 説や裏話が出るときがある。

・「歴史は繰り返す」ならぬ「王のやることは繰り返す」
その日平成20年9月4日、私の目を引いたのは、
早稲田大学講師・中野京子氏が解説者となって 8月下旬から始まった、
「尊大な王と悲しみの王妃十選」と銘打った、肖像画紹介シリーズの第5回目 掲載分。

餌食となったのは、フランス国王フランソワ1世。
まずは、その全文を紹介しよう。

尊大な王と悲しみの王妃十選 ▽5クルーエ「フランソワ1世像」・ ドイツ文学者中野京子 

・(注:原文ではモノクロ上半身写真付き)
(1530年ごろ、96x74センチ、ルーヴル美術館蔵)

巨大な鼻のフランソワ1世は、もうすぐ40歳。
若いころはスペインのカルロス1世と神聖ローマ 皇帝の座を争って戦い、
捕虜にされるなど苦杯を舐めたが、今や国も安定し、贅沢三昧に遊び放題。

おかげで後世、ユゴーによって「王は愉しむ」のモデルにされてしまう(この戯曲がヴェルディの 傑作オペラ「リゴレット」と発展する)。

しかし、王は女遊びばかりしていたわけではなく、
本肖像画に見られるすばらしいファッション・ センス(粋な縦縞!(筆者注:原画をお見せできないのが残念。このへんに注目する著者。中野京子 氏の、女性ならではのセンスが光る。))から明らかなように、芸術の美意識もなかなかのものだっ た。

フォンテーヌブロー宮殿に多くのイタリア人画家を招聘し、
そこを中心にフランス・ルネッサン スの花を咲かせたのだ
(フォンテーヌブロー派の官能的な作品群はここから生まれた)。

何よりフランソワ1世の功績は、晩年のレオナルド・ダ・ヴィンチを宮廷に迎え、
厚遇したことだ ろう。レオナルドは王の腕の中で死んだ、との伝説さえ残っている。

もちろん事実ではないが、「モナ・ リザ」がイタリアでなく、ルーヴル美術館にあるのは、ひとえにフランソワ1世のおかげと言えよう。

ジョコンダの神秘的微笑みがフランス経済をどれほど潤し続けているかを考えれば、
王の浪費も許さ れる?


・それからちょうど350年後、ドイツはバイエルン王国で、1人の王が即位した。
さて、このフランソワ1世の行状記を読んでいて、そのやったことが、
ちょうど350年後の、ド イツはバイエルン王国で即位した1人の王と
そっくりではないかと頭に浮かんできたなら、
あなたは相当のヴァーグナー狂。

失礼。もう少し品良く言うなら、熱烈なるヴァーグナー愛好者、
いわゆるワ グネリアンであろう。

とにかく、上記解説を少しパロディー化すれば、
このバイエルン国王と、この 王を食いものにして名声を不朽のものとした、
リヒャルト・ヴァーグナーという寄生虫的大作曲家の 物語が出来上がる。

では、さっそく、上記文章をデッドコピーした上で、パロってみよう。



悲しみの狂人王と尊大な寄生虫的作曲家
パロディスト近藤昌紀

土産物として大人気「ルートヴィッヒ2世像」
(南ドイツのバイエルン州、特に日本人好みのロマンティク街道を旅した人ならば、
現地の土産物屋 に一足、足を踏みいれた途端、
この人の肖像(又は、ヴァーグナーの肖像とセットになっている場合 も多い)の入った
土産物に埋め尽くされている店頭に唖然とされた方も多いのではないか。)

洒落た軍服に身を包んだ、すらりとした美男子ルートヴィッヒ2世は、
1864年、19歳で即位。

宝塚歌劇で有名になった「エリーザベト」・オーストリア=ハプスブルク帝国皇后とは
近縁の親類で ある。

即位当事のバイエルン王国は、国も安定し、贅沢三昧も可能で、
幼い頃から傾倒していた大作 曲家、巨大な鼻のリヒャルト・ヴァーグナーを招聘し、
放蕩三昧をさせる。
[注意1]ここまでは、すべてドイツ語なので「ルートヴィッヒ2世」


おかげで後世、
イタリアの、自身も貴族階級出身の映画監督、ルキーノ・ヴィスコンティによって、
主従ともども、名画『ルードヴィッヒ』のモデルにされてしまう。
[注意2]ヴィスコンティはイタリア人なので「ルードヴィッヒ2世」

また、森鴎外も、彼がドイツ留学・ 滞在中に知った、
この王の死にまつわる悲劇を題材に、『うたかたの記』を上梓する。

しかし、王は女遊びには縁がなく、
彼の肖像に見られるすばらしいファッション・センス(その実 はナルシストであった。)は、男性に向けられたものであり、男色家として、より名を馳せた。

このこ とから明らかなように(?)、芸術の美意識もなかなかのものだった。

ドイツオペラを代表する偉大 な作曲家、リヒャルト・ヴァーグナーを招聘したのみならず、彼の舞台芸術を地上に具現したかのよ うなノイシュヴァンシュタイン城、
ヘレンキムゼー城、リンダーホーフ城を築き、
ヴァーグナーの作品を中心に催されるバイロイト音 品の理想的上演の場として、
バイロイト祝祭劇場を建てさせた。

楽祭により、ヴァーグナーの芸術は花を咲かせたのだ
(彼の最後の作品『パルジファル』は、彼の遺 言により、
死後も長い間、この劇場以外での上演が許されなかった)。

この状況は、今も変わらない。
余りの人気に、世界で最もチケットの取りにくい劇場と言われ、
毎 年夏の初日には、欧州各国首脳が集い、観劇外交を展開する場ともなる。

オペラ愛好家であり、かつ、ワグネリアンとして名を馳せている小泉元首相が、
2003年8月の 中欧数カ国訪欧時、
訪問国のひとつ、ドイツのシュレーダー首相に頼み込んで、
バイロイト音楽祭で ヴァーグナーの歌劇『タンホイザー』を鑑賞したことが
マスコミをにぎわしたが、このオペラ鑑賞に ケチを付けた国会議員がいた。

思想的な問題よりも、政府専用機を使って観劇に行くとはケシカラン、 と、
実に形而下学的な発想の発言であったように記憶するが、
このような方々が、国会で教育や 文化を論議していただけるとは・ ・・。
いやはや、いい国である。

日本という国は文化あるいは文化人に対する敬意が、
文化大国(?)を標榜するには少々不足しているのでは?

対極にある例を揚げておこう。

アルゼンチン出身の作曲家、アストル・ピアソラといえば、
サントリーかどこかの宣伝で、
世界的チェリストのヨーヨー・マがその作品を演奏して、
にわかに日本で有名になった作曲家だが、
この人は晩年をパリで過ごしていた。

1990年、ピアソラは、そのパリで脳溢血に倒れる。その情報が世界を駆け巡るや否や、当事の アルゼンチン大統領は、「わが国の英雄を外国で死なすわけにはいけない」と、大統領専用機をパリに 飛ばし、療養中のピアソラを母国に連れて帰る。ピアソラは何とか命脈を保ち、その2年後、ブエノ スアイレスで死去する。

<続く>


2020年8月30日日曜日

マスク美人の浦島太子

最初に、
これは新コロ対策でマスクを着用し続けなければならない境遇にある、
三十路過ぎの女性に与ふる警告の書であることを、
お断わり申し上げておく。

 筆者が平日に日々顔を合わす女性の中で、ドラ娘と同世代の人が1人いる。
ドラ娘が昭和最後の9月生まれなら、この女性は平成最初の8月生まれ
ということで、ドラ娘とは1年足らずの同世代であり、
離れて暮らすドラ娘の行動様、容貌の変容などを伺い知るうえでは
格好の代替サンプルであり、注視していた。

といっても、昨年の今頃の筆者は“注視”などできる状態ではなかった。

左眼の白内障がどうしようもなく悪化し、
6月の人間ドックでは、視力検査器具をのぞいても、
ことごとく真っ白で何も見えない。

眼科で矯正しまくって0.02とかで、
左眼だけでものを見た場合、1m前にいる人の顔の存在は分かっても、
目鼻口は全く識別できない、のっぺらぼうに見える。

車を運転していて信号待ちのため停車したとき、
左眼だけで前の車のナンバーを見ても、さっぱり数字が読めない。
ナンバープレートの存在は分かるが、真っ白にしか見えない。
右眼を開けば、かろうじて数字は読めたかな、の状態だ。

事実上、あの頃の筆者は、
右眼の裸眼視力0.8だけを頼りに生きていたようなものだ。

追い討ちをかけるように、今年2月の誕生日を境に、
車の運転免許、小型船舶2級の海技免許の更新年が重なり、こ
のままではどちらも免許を取り上げられることは必定。

「白内障の手術ほど、人を幸せにする手術はありません」と
いう行き着けの漢方薬局の店主の言葉に背中を押され、
事前検査や諸手続きを経て、12月24日に手術を断行。

このための検査時、係りつけ医、手術医ともに、ハンで押した
ように「よく濁ってますねえ」と言う状態だったから、
それなりに重症だったのだろう。

しかし、漢方薬局店主の言葉に全くウソが無かったと言えるのは、
手術台に寝るまで、例によって医師・看護師の顔はろくに見えない。

左眼を開けて、手術医の
「青いランプの光が見えますか?それをじっと見ていて下さいね。」
で手術は開始されたらしいのだが、
その後も、痛くもかゆくも無いとはこのことだ。

10分も過ぎた頃だろうか、看護師の「もうすぐ終わりますからね」の声
と前後して、物を吸い取るような機械音。

多分、あれは破砕した水晶体を吸い
出していたのであろうと思われるが、看護師の
「はい。終わりました。上体を上げてください。手術台から降ります。」
の声とともに、周りを見渡すと、何と、総てが見える。

医師の顔も看護師の顔も。
いい歳をして、思わず「見える!見える!」を無意識に連発する筆者。

正味15分程度の手術で、片目だけの手術のため、
お泊りはなく、処方箋薬局で薬等をもらったら、
1時間後には防護メガネをかけて、とは言え、職場復帰。

暗澹たる人生を送ったその年の盆・正月の悲哀がクリスマスイブに一転した。
で、年が明けて執務を開始するや、ひとつのことに気が付いた。

業務用パソコンをにらんでいて、疲れ休めに目を上げると、
はるか向こうにくだんの三十路になり立ての彼女の顔が見える。

手術後しばらくしての検査では、両眼とも視力1.5という
驚異の若返りをした筆者の目だったから、
手術前には存在すら
見えたかどうか分からない彼女の目鼻立ちまでくっきりと見える。

女性職員は彼女の他にもいるが、視線の横にいて見えないか、
背中しか見え
ないかだったし、
彼女の前にいる男性職員は外出の多い業務だったから、やた
ら彼女の顔ばかり見える。

視力回復後の成果として、彼女のご尊顔を拝しつつ、
人生後半の懸案解決ができたことの有難味を痛感する日々となった。

で、彼女は2018年6月30日の本ブログ掲載した、
首から上は「3日で飽きる」美女か、「3日で慣れる」美女か。

ある部分の特徴を横に置いておけば、全体的雰囲気は、
故森本草介画伯描く、純和風美人の系統を引くと言っていい。

目鼻立ちが外人ほどに大げさなつくりでない、
しっとりとした雰囲気の顔立ちではあるのだが、問題(?)は鼻より下だ。

その特徴を端的に述べるなら、西洋史に首を突っ込んだことのある人なら、
その名を知らぬ者はないであろう、大航海時代後には「日の沈まない帝国」を
造り上げた、オーストリア及びスペインの両ハプスブルク家一族の身体的特徴
として、遺伝学の格好の材料ともされるその容姿を、なぜか日本人の彼女が持
っているのだ。
まあ、他の日本人でも、例えば故永六輔氏の口から下を思い出せばいい、
と言えば見当はつくであろうが。

この顔面的形質の特徴として、永六輔氏の話し方を思い出すと分かるが、
何か舌足らずなペチャペチャッとした話し方・発音になる。

これは、オーストリア女帝マリア・テレジアの娘にして、
まさにハプスブルク家の形質をそのまま引き継いだ、
フランス・ルイ王朝最後の皇后となったマリー・アントワネットの顔も
話し方もそうであったという記録が多々残っており、実は、筆者の視線
の先に在る彼女も、そういう顔と話し方というか、発音の気を持っている。

その話をもろに言わず、彼女に、
「もしかしたら、あんたの祖先、ハプスブルク家出身ちゃうか。
それとも、ハプスブルグ家の落し胤の末裔?」
と、彼女、その後、ハプスブルグ家一族の容姿の事を調べたのかどうか、
「あんまり訳の分からん事、聞かんとって!」
ときた。

目が良くなった恩恵はまだ続く。
少なくとも、この彼女が2018年6月30日ブログに書いた、
これは間違いなく「首から下美人」であることも分かった。

今年の2月、彼女、外出する業務があり、たまたま着ていた上着を脱いでいたの
だが、防寒対策でか、体に密着した黒いセーターを着ていた、
そのシルエットが、まさに森本草介画伯描くモデルそっくり。

出るところは、(外人女性的出過ぎをしない程度に)出て、
細くなるべきところは、細くなり過ぎない程度に細い。

森本画伯描くモデルさんは、隠れた部分も均整が取れているためか、上に何
を着ても、出るところは出、引っ込むところは引っ込んでいる。

そういう目で彼女を見ていると、上に何かを羽織っていても、
体を曲げたり、立ったり座ったりの所作の随所で、
これはボディーラインが不細工ではこうはならないと思えるシーンが散見される。

たまたま窓から差し込む西日を避けるため、遮蔽の紙を貼る必要が出たとき、
森本画伯の画集から、妖しい着衣ではない地味な着衣でも基礎となるボデ
ィーラインがしっかりしていると画家の目にもこう映る、
というページを何枚か拡大コピーして貼り、た
またま彼女が近くを通ったときなど、
「うわっ、あの絵そっくり」
と、まあ、筆者からすれば美女礼賛的言葉で(彼女の首から下を)賞賛した。


その彼女が、新コロの影響で職場にもマスク着用令が出され、
4月くらいからマスクを付け始めたから、もう数ヶ月、
彼女のハプスブルク家的特徴は隠され、「マスク美人」生活が続いている。

昼食は、彼女、弁当派のため、それを食すときとか、飲み物を飲むときは
マスクをはずすのだが、
ある程度離れているから別段変化は感じなかったのだが、つい最近、
マスクを外した彼女と間近で話すことがあって仰天。
 

わずか数ヶ月の間に彼女の口周り、見事にオバサン化していたのである。
マスクのせいなのか、
マスクをしているせいでお肌のお手入れがしにくくなっているのか、
ほうれい線が出ているとまでは言わないが、光と影の関係で、悪い意味でえらく
不要な彫りが深くなったようで、マスクをはずした途端、わずか数ヶ月の間に
浦島太郎化したというか、浦島太子になってしまった。

世の三十路を過ぎた女性に申し上げる。マスク美人化で、
目元からひたいあたりまで綺麗にしてれば事は済むと、油断されていないでしょうな。
というより、無理な対策はしなくてよろしい。

頻繁にマスクを取って、鼻から下の地肌をさらけ出し、男
性の目を慣らしておきましょう。でないと、このまま長期に
マスク生活を続けることにでもなれば、
ようやくマスクが取れたあかつきには、
「はて、どこのオバサン?」と言われかねませんぞ。

2020年7月26日日曜日

新コロに関して

発症の原因が、今まで年齢・加齢の問題とか既存疾病、
体質の差とか、
ウイルスを受ける側の人間の問題として捉えられて来たのが、
確か東大の学者が発見したのですが、

新コロウイルス自体が
人体の免疫機能を呼び出す能力を封殺する遺伝子を備えていたなんて、

人間の行為で言えば、
他人の家に押し入って、猿ぐつわでガードマンを呼べないようにした後、
自らは被害者に毒を飲ませたり、傷付けたりはしないが、
仲間を増やして家に有る財産を食い尽くし、
それによって、住人に食料を与えず干殺すようなもんです。

本当に狡猾で手強いです。

世間の人は、この免疫機能を呼び出す能力を封殺される、
すなわち、ガードマンを呼び出す機能を封殺され、
家の外では何が起こっているのか分からないままに、
強盗が家の中でドンチャン騒ぎしていることの恐ろしさが
分かっていないと思われます。

2020年7月25日土曜日

新コロウイルス自体を死滅させるるワクチン

新コロの症状緩和薬でなく、
新コロウイルス自体を死滅させるるワクチンとして、
コロナ状になった突起にひっついて、
人体細胞への侵入をできなくなするのが手っ取り早いワクチン製造法と書いた下り、
これは、もう治験段階に入った最も手早い新コロ撃退法です。

あのコロナ状の突起は、既に学術上「スパイクたんぱく質」と名付けられ、
この突起に取付くか、突起を使い物にならなくするかで、
各製薬会社はしのぎを削っています。


まさに、このスパイクたんぱく質攻撃薬として、

新型スパコン富岳が選んだのは、何と膵炎治療薬、日医工のフサン。

富岳の前例のないシミュレーション能力が選んだのもフサン。
他にも候補役は選ばれたそうですが、
既に治験にも使われている薬にとどめの一撃的ニュースです。
レムデシビルだのアビガンだのと騒いだのが、既に時代遅れになりつつあります。

2020年7月13日月曜日

土方 (ドカタ) 殺すにゃ刃物は要らぬ、三日新コロ降ればいい

表題の元歌はご存知「土方殺すにゃ刃物は要らぬ、雨の三日も降ればいい」だ。
あまり使われなくなくなった例え文句だが、
非正規短期雇用労働者の悲哀を語る上で、これは現代に生きる名言だ。

新コロの降り具合となると、
神懸かったゼロを続ける岩手を除けば
長く鉄板の3人と5人を誇っていた鳥取と徳島が相次いで陥落。

香川も7月10日、4月20日以来81日ぶりに高松市内の70歳代男性1名感染を発表。

掲載の『赤死病の仮面※』を例に取るなら、
新コロを恐れる籠城派に対し、それでは生計が成り立たない。

 ※2020年4月18日付け当ブログ

「杜撰すぎます」という経済優先派の圧倒的圧力に負けて、
開門と同時にこの有様だ。

その後も、城内で我慢・忍従を強いられた経済優先派が、
食い扶持を求めて怒涛のように場外に出ようとするため、
もう一度閉門しようと思っても、事実上不可能な状態になってしまった、
というのが現状か。


 














「withコロナ」、「コロナとの共存」などという、
先走った考えにはついて行けない、というよりも、
年齢的なリスクが大きくなって、ついて行けない危険性の増した私だが、
実は、必ずしもそうでないという実績を私自身が作ってしまった。

昨年、左足内踵MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染※。
※2019年6月9日付け当ブログ参照されたい。

このMRSA、同年12月6日の四国新聞3面には、
薬剤耐性菌の“雄”として、2017年には年間4,224人が死亡と発表。

国内死亡者が未だ1,000人未満の新コロと比べると、余程質が悪い。

実際、皮膚科主治医には「最早打つ手はない」と宣告され、
昨年6月4日の済生会病院の人間ドックでは
「菌が全身に回らなくて本当に良かったですねえ」。
(後に、これが菌血病のことと分かるのだが。)

この頃を最悪とするなら、
昨年12月にはかなり傷がふさがり、今年1月からは杖無しで歩行。

今年4月20日には傷が完全閉塞し、
4月24日には皮膚科主治医のMRSA制圧宣言。

同6月2日の済生会病院人間ドックでは血液検査で
炎症反応がなくなったことを確認と、
皮膚科主治医も「一時はどうなることかと思った」症状が、
感染・発病後15か月、手術後13か月で、
少なくとも多剤耐性菌に完勝したことにはなる。

新コロ騒ぎがなければ、多剤耐性菌を自己免疫で克服した症例として
注目される存在となったらしく、
現在、後遺症として残った、山なりに角質化した皮膚がはがれて、
高さが低くなっていく経過を観察中の身だ。

この稀有な体質が新コロに通用するのか。

例え通用するとしても、新コロは現状では短期決戦だ。
自己免疫とは言え、一年余もかかったMRSAとの闘いと同等の動きで
新コロに立ち向かって、対処可能なのか。

やはり、未知数としか言いようがない。


それでは、新コロとはつまるところ、
どういう“生命体”なのか、
いや、“物質”なのか?

分からないようで、分かってきた現状を、
7月初めくらいまでに収拾したデータを元に整理してみよう。


まず、ウィルス自体は“生命体”と呼べるのかどうかも怪しい存在だ。

生命である限り、単細胞生物であっても、外部から物質を取り込んで、
それを分解することによりエネルギーを発生させ、
そのエネルギーを使って自己分裂を繰り返し、種を存続させてゆく。

ところが、ウィルスは例えば人体であれば、
その細胞に取り付いていないと生存できない、
完全な寄生虫的存在で、
寄生主が死ぬと、最終的にはウィルスも生きてゆけない。

すなわち、自己増殖能力が無いのに生命と言えるのか、からが“?”の存在だ。


しかし、新コロは生命でないとしても、
学者の表現を借りれば、
最初は悪い意味で「よくできた」から始まって、
次に「狡猾な」、最新では「手強い」ウィルスという評価になっている。

極論すれば、進化論からすれば、より進化したはずの脊椎動物である魚類よりも、
軟体動物で構造的には原始的なタコの方が知能が高いという例があるように、
分子構造としては低いレベルにあるウィルスが、構造的により複雑になって、
単細胞生物よりも出来がいいという存在になったと考えていいのだろう。
















では、新コロの何がそんなに狡猾で手強いのか。

1.普通、病原体が人体細胞に取り付いて危害を加え始めると、
細胞は警報物質であるインターフェロンを放出し、
免疫細胞などの防御機能を呼び寄せて退治を始めるのだが、
何と、新コロは細胞の持つ、
この警報物質放出機能を極端に弱める遺伝子を持っているというのだ。

警報物質が出るからこそ、人体は免疫の機能を高めるために発熱したり、
有害物質を外に排出しようと、咳をしたりするのだが、
警報物質が十分に放出されない。
これが、感染後数日間というスパンで発症しないという外見的特性となり、
その間細胞内に潜り込んで、
さんざんに増殖した新コロは、未だ発症していない保菌者から他者に感染する。

2.本来は外敵を破壊させる役割を果す免疫細胞が、
外敵である新コロの極端な増殖数に対応できず、
善悪の見境がつかなくなったが如く、人体細胞までも壊し始める。
これが症状の突然の悪化として表に出る。

3.余りの新コロの数に、本来なら病原体を体内に取り込んで分解、
無力化させる機能を果す、食細胞という免疫細胞が、
サイトカインストームとかいうパニック状態を起こし、
最後の手段として、食細胞自体が自爆し、
そこから出るDNAなどで病原体を絡め取るという特攻攻撃に出るのだが、
これが大量に起こると血流を阻害し、血栓を生じさせる。

これも急激な症状の悪化の原因になる。

朝には軽症だった患者が夕方には重篤化し、
人工呼吸が必要になるというのも、この症状が肺で起きるためだ。


4.2や3のような一種アレルギー的な症状に対しては、
アレルギーを緩和させるステロイド系の薬剤が有効ということが分かってきて、
症状緩和にオルベスコなどのステロイド剤が投入され始めた。

5.では、最終的に新コロを退治して完治できるのは、どういう仕組みが働くからか。
これは、いわゆる抗体という存在がモノを言う。
人体細胞に入り込もうとする新コロの、
それこそコロナのようになった多数の足に抗体が接合し、
細胞内に入れなくする。
細胞からの生活の糧を得ることが出来なくなった新コロは死滅し、
完治につながるというわけだ。


6.この抗体を作る能力は、人によって極端な差があり、
手っ取り早い治療法は、すでに完治して、
血液中に抗体の溢れている抗体製造能力の高い人の血清を、
患者に点滴注入することで画期的な効果を生むのだが、
この血清というやつ、なかなか一筋縄ではゆかない。

他人の身体への適合性、他の疾病の病原体が潜んでいて、
(例えば肝炎とかエイズとか、血液感染する病原菌の存在)、
この検査をする時間がない。
やるとすれば末期症状の患者にイチかバチかでやって、
大当たりをすることを期待するしかない、というのが現状だ。


7.新薬を作るのに手っ取り早いのは、
この抗体と同じ成分を作るか、あるいは予防薬としては、
この抗体を作りやすくする成分を注入してやればいいということになる。

ここまでを総合するなら、新コロの全容はほぼ見えてきた。
これから退治が始まるという、分水嶺に近づいている気はする。

三密の最たる環境を作る平面再生の実験及び香原システムの“人体実験”は、
上記開門状況が続き、

感染者が増える一方の現状においては、あなただけでなく、
私も絶対感染していませんと言えますか?

と自問することから始まり、予防薬のない現状においては、
絶対にうつしませんと言えますか?

で成り行きを見続けるしかない。

2020年6月16日火曜日

大いなる誤認-こんなの、意味の分からん小中学生に歌わせて、どうすんだよ !

新コロによる外出自粛が叫ばれていた5月の連休、
家の中で悶々と物心つい ての50年余りを振り返ったとき、
突然、幼少期に聞き覚えた歌曲、童謡が頭に 浮かんだことがあった。


その歌詞の、幼い頃に解していた意味と、
長じて、そ の正確な意味を知ったときの、
余りのギャップの大きさに愕然としたことがあ ることを思い出し、
己の浅はかさに思わず苦笑した。


しかし、これは読者諸氏もカミングアウトしていただきたい。

同じような間 違いを犯したまま、
もしかして今もそう信じ込んでいるのではないか、
と筆者 があなたの内心に潜り込んで行く問題だ。


逆に言うと、日本古謡と西洋音楽が 混然と融合した
明治期の文部省唱歌・歌曲の類を戦後世代に歌わせると、
こう いう誤認が起こるのでは・・・の集大成だ。


まず最初は、2016年8月10日の当ブログで
筆者が「華のある曲」として大絶 賛した
武島羽衣作詞・瀧廉太郎作曲『花』、の3番の歌詞の頭、
 -錦織りなす 長堤に- を、

筆者、恐らく中学になるくらいまで
-錦織り成す 朝廷に- と誤認していた。
 
というのも、筆者幼少期の昭和40年頃からか、
NHK日曜夜8時の大河ドラ マが始まり、
折からの司馬良太郎ブームもあって、幕末ものが割と頻繁に放送 された。


その中で戊辰戦争の官軍としての薩長連合軍が、
幕府征討軍の象徴と して、
進軍歌『宮さん宮さん』を歌うシーンが何度か放送された。


その一節、  
-あれは朝敵 征伐せよとの 錦の御旗じゃ 知らないか-
が、調子の良いリズムとともに、
柔軟で何でも吸い込む幼少期の頭に刷り込ま れ、
「錦」と言えば「朝廷」と連想するようになってしまったのだ。


その結果として、「錦織り成す朝廷」とは
小学校低学年にしてはなかなかの迷 解釈だ。


それに続く節、すなわち  
-暮るればのぼるおぼろ月-
も  
-来るればのぼるおぼろ月-
と誤認し、


3番の歌詞を誤認のままで通すと  
 -錦織り成す朝廷に 来るればのぼるおぼろ月   
げに一刻も 千金の眺めを何に喩うべき-

と、これはこれで、
1番の「春のうららの隅田川」から始まる、
東京遷都間も ない明治朝廷の見事な讃歌になっている。 


2016年8月10日のブログでは、
もう1曲絶賛の
土井晩翠作詞・瀧廉太郎作曲『荒城の月 』。


その2番は、
 -秋陣営の霜の色 鳴き行く雁の数見せて 
植うる剣に照りそいし・・・-

となるが、この歌詞のポイントは「植うる剣」に有る。

実際、籠城戦などでは 、刀の鞘など払う暇がない。

剥き出しの剣を、わら束にハリネズミのように「 植うる」、
すなわち、突き刺しておいて、
刃こぼれした刀を取り替えたという 史実を謳ったものであろうが、

 -鳴きゆく雁の数見せて-
とくれば、次の節を、  

-鵜売る剣に照りそいし-
 と解したのは、
水鳥なら“雁”の次は“鵜”と頭に浮かぶ田舎育ちの少年の性か。


我が幼少期の田舎では、
自家で家禽を絞め、解体するなんぞ当り前。

で、通 して見ると、我流解釈はこうなる。
-秋の陣営で霜の色が見える季節、
(糧秣調達で鳥の鵜を売る商人が)鳴き ゆく雁の数を見せて、
(その数を見ながら、カモの代わりに)鵜を売り、
 (そ れを解体するための)剣に照りそいし-
と、

まあ、これも間違いなりに、
ストーリーになっているとは言えるのかも。


なぜ???なぜ、この様な間違いが起こるのか?

音楽の教科書では、音符の下にひらがなで歌詞を添える。
小中学生のレベル では、漢詩にまがう文語調の歌詞など、
理解する余裕なし。


とにかく、楽譜ど おりに歌うので精一杯で、
意味を理解させるために、
教科書に歌詞だけも載せ ていたのかどうかも、
今では記憶が定かでない。
 
必定、平仮名での我流解釈が 、頭にすり込まれる訳だ。


林古渓作詞・成田為三作曲『浜辺の歌』は少しパターンが違う。 
 この初頭、
-あした浜辺をさまよえば-
の「あした」は「明日」なのか、「朝」なのか。

次のフレーズの「昔のことぞ忍ばるる」の続き具合と、
2番の頭が「ゆうべ」 となっているところを見ると、
まあ、「朝」の解釈が妥当なのだが、
小学生レ ベルで「朝」を「あした」と読ませ、
理解させるのは結構つらい。


このパターンを踏襲すれば、
「明日の朝」を「あしたのあした」と
言っても おかしくはないと思うのだが、
何と、外国語でも
これとそっくりのパターンが 有ると知ったのは地勢学的驚きだ。
 
ドイツ語がまさにそれ。
 
NHKのTVドイ ツ語講座で「明日の朝」を
どう言うかがまともな論議になったとき、

単純には
「Morgen(明日の意)Morgen(朝の意):モルゲン モルゲン」
になり、

まさに日本古来の
「あしたのあした」と瓜二つ。

ゲルマン民族東洋発生説を地 で見る気分だ。  

この2番の第1節がまた面倒なことを書いている。
 -ゆうべ浜辺をもとおれば-。

これは、筆者結構いい歳になるまで、
「浜辺をも 通れば」 と解していたのだが、
どうも音の切れが悪い。

で、辞書を「もとおる」で引いたら、あったのだ。
 「もとお・る【回る・廻る】」  

これを職場の同僚に見せて、
驚きと恥ずかしのカミングアウトをすると、
そ の同僚、 「私、『元 居れば』かと思いました。」 と、
これまた名解釈を下した。

どんどん行こう。

高野達之作詞・岡野貞一作曲『朧月夜』の1番第2フレー ズ。
 -みわたす やまのは かすみふかし-

こう、平仮名で書かれると
「見渡す山野は(ワ)」なのか
「見渡す山の端(ハ )」なのか、
あるいは「山野端」も有り得る、

で、いい歳になって一念発起。

原詩を調べたら「山の端」、
すなわち「ヤマノハ」で確定。


『あおげば尊し』は、
『蛍の光』と共に官製卒業ソングの定番。

 「あおげば」「わが師の恩」で一時、
リベラル派の先生が重圧的・高圧的と 騒ぎ出して、
筆者小学校低学年のときは、
6年生が卒業式の予行演習で歌って いたのを聞いた記憶があるが、
自分の卒業のときは歌ったのかな?だ。

長じて、この歌詞を熟読して仰天。

誤認のオンパレードだ。

正:「はや幾年 (イクトセ)」は「早行くとせ」、
正:「思えば いと疾し(イトトシ)」は 「思えば 愛とし」。

幼少期はもっとひどい。

「身を立て 名をあげ」は、
卒 業生が立って、名をあげる、

すなわち、
「名前を呼ばれたらお立ち下さい」の 世界。

そして校長先生が「やよ 励めよ」と祝辞をくれる。

もう、メチャクチ ャの解釈だ。

意味を完全に理解したときは、
とっくに学校を卒業していた。
 今でも、「別れめ」の「め」の意味がよく分からない。
「分かれ目」でいい のかな?


因みに、『蛍の光』の
「いつしか年もすぎの戸を」の
「すぎ」を、

筆者、小 学校1年のときには
「過ぎ」と「杉」の掛け言葉であることを理解していた。

実際に杉の戸のある旧家に住んでいた者の特権であろう。  

幼いながらに、迷解釈が二転三転した例。
高野辰之作詞・岡野貞一作曲『故 郷(ふるさと)』の冒頭。

当初、字が読めだした頃、
「うさぎおいしかの山」=「兎追い 鹿の山」。
 小学校中学年になって、「兎美味し、かの山」  

だいたい兎なんて、ペットで飼うか、
戦前は軍事用手袋の毛皮や食肉用とし て
農家で飼育されていたことを祖母から聞いていたから、
山で兎を追うなんて 、いかに田舎育ちでも想像できなかった。

野ウサギを狩猟の対象とするのは、
野ウサギが美味しいから?の発想はあった。

長じて、フレンチのジビエ(野禽)料理で兎を食したとき、
この迷解釈も捨 てたものではないことを自認。

「ガスコーニュ産の
野 “ウサギ” の “美味し” いのを
ソテーしたもので・・・云々」

などとギャルソンから講釈を垂れられると、
フ ランスの地図が頭に浮かんで、「ああ、“かの山”か」となる。  


今でも分からないこと。
高野辰之作詞・岡野貞一作曲『紅葉(もみじ)』。

「秋の夕日に照る」のは「山」なのか、「山紅葉」なのか。
 と、暇に任せて調べて行くうち、
実際には歌詞が通常歌われるよりはるかに 数多いのだが、

内容が戦後日本には
そぐわぬものもある(ため、歌われていな いものもある)ことを発見。

その1 文部省唱歌『われは海の子』  7番 

いで大船を乗出して 我は拾わん海の富 
いで軍艦に乗組みて 我は 護らん海の国

その2 作詞不詳 スコットランド民謡『蛍の光』  4番

千島のおくも 沖縄も 
八州のうちの 守りなり 
至らんくにに い さおしく 
つとめよ わがせ つつがなく

2020年6月6日土曜日

目覚めよと呼ぶ声が聞こえ(BWV140:Wachet auf, ruft uns die Stimme(原題:独語))

タイトルであるこれは、
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲のカンタータのひとつで、
この中の第4曲中の 器楽演奏のメロディーなど、
人生で絶対1回は聴くであろうと思われる有名フレーズです。

同名 のゲームソフトもあるらしいですね。
音楽監修は、あのデーモン小暮がしているとかで、
このバ ッハのカンタータの表題をパクるあたり、彼の知性が感じられます。

で、我が芸術情報研究所も、
4月中旬の新コロによる全国緊急事態宣言の影響で被験者公募停 止中、
言わば休眠中ではありますが、
公募による実験に“目覚めよと呼ぶ声が聞こえ”る前から 、
研究所としての活動は雌伏中ながらも進めてまいりました。

その成果として、この度、平面再 生に係るブランドを立上げ、
電気通信機械器具で商標登録を申請しました。

その名も、 香原Fragrance Field 

で、その意味合いを
音響関係超有名ブランド「ドルビー」との対比で示すなら、
(もともと、芸 術情報研究所って何してるの?と聞かれたときの回答として
「日本の『ドルビー研究所』を目指 している」と
うそぶくつもりではいたんですが・・・)

〇芸術情報研究所 ⇔ ドルビー研究所

〇平面再生システム ⇔ ノイズリダクションシステム※1

〇香原Fragrance Fieldシステム ⇔ ドルビーノイズリダクションシステム※2

現在試作機が完成した前後バランサー(特許申請中)も、
香原システム又はフレイグラン スフィールドシステム(の一部)と表現できます。


「香原」の由来について一応申し上げておくと、

その1 春に咲くクチナシの白い花(はて、どこかで聞いたような)、
秋に咲くキンモクセイの 熟成したミカンのような色の花、
ともに高雅ではあるが強烈な芳香を発し、たとえ花が見えな くても、その香りがただようあたりは独特の結界が形成されたような気分になります。

まさに 香りの原っぱです。

わが平面再生システムの影響範囲内にいる人にも、
このような気分になっていただきたい。

そこにいるだけで、音の芳香に浸るような感覚に陥っていただきたい。
これが第一です。



その2 芸術情報研究所原分室の春先の朝は、近傍も含め、
全面の新緑と、植物の出す、いい意 味での独特の青臭さに包まれます。

この時期の新緑の風景は相当に鮮烈な印象を与えます。

落 ち込んでいても、これを見ると、
自然の持つ強烈な生への息吹をストレートに肌で感じ、
とに かく動こう、前に進もうという気にさせられます。
自然の持つ底力を感じるときです。
三木町 の山奥に住む、
かつての同僚が同じことを口にしたことがあって、
「うわっ、こいつ、分かっ てる!」と心中で叫んだことがあります。

春の香りに包まれた原の地、あるいは春の高原は、
それほどに強烈なインパクトを与えるのです。 


平面再生システムもかくありたい。
ごく自然に、高原でもなく、香源でもない、
香原の2字 が浮かんできました。



その3 香川の原、すなわち原分室の所在地、
香川県高松市牟礼町原は、平面再生システム発祥 の地。

香川県内では他に原という大字を持つ土地は無く、
香川の原で検索すると、高松市牟礼 町原しか出てきません。

いずれは、「こうげん」で変換すると「香原」が一番に出て、
検索す ると「芸術情報研究所の持つ音響ブランド」が
出る意気込みで行きたいですね。   

因みに、「芸術情報研究所」は知財に関する登録はしていませんが、
今のところ競合する団体 は無いようです。ネットの世界では、「芸術情報研究所」と言えば、まさに香川の原にある研 究団体で認知されているようです。 


その4 夢は広く大きく、香原は中国・韓国向け、
Fragrance Fieldは西欧向けブランド名と位 置付けました。

まあ、これも地勢学の成果でしょう。
因みに、中国語普通話読みでは香原はシ ャンユエンとなります。   


恐れ多くも、ブランド名を香原Fragrance Fieldなどと付けた限りは、
名に恥じぬ活動及び 成果を出して行かねばと、社会的責任すら感じます。
まさに、身の引き締まる思いです。

これか らも皆様、香原Fragrance Fieldシステムの未来に、
厚いご支援とご協力をお願い申し上げま す。



※1: Noise reduction System
※2: Dolby Noise reduction System
ドルビー研究所 は、カセットテープ全盛の1970年代、
再生時に発生する「シャーシャー」というテープヒス ノイズを減衰させる
ノイズリダクションシステムを開発し、大ヒット。
高級カセットデッキ には、このシステムを作動させるボタンが付いていました。
ただし、このシステムを作動さ せると
原音が歪むというデメリットもあったあたりは、
原音をわざと歪ませる平面再生シス テムと似ています。